ほんの少し届かない 17

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 四時少し前にビル正面に車を停めるや、工藤が中から現れた。
「あれ、工藤……、ふーん、あれがドイツの英報堂かよ」
 一人ではなく、外人二人と話をしながら歩いてくる。
 藤田自動車のCMに志村嘉人が起用され、その打ち合わせで英報堂ドイツ支社の営業と会うことになっていたはずだが、おそらくそれがこの二人なのだろう。
 ドイツ語は七面倒だとか言いながらも、工藤はある程度しゃべれるはずだ。
 エントランス正面で二人のドイツ営業マンと話している工藤は、容貌といいガタイといいドイツ人なんかに引けを取らない。
「ああゆうとこ見ると、できる男が仕事してるって感じで、妙にカッコいいじゃんかよ」
 普段オヤジなんぞと言っているが、そんじょそこいらの若造にはたちうちできないキレモノのオーラがあって、どこぞのよれよれの窓際オヤジと一緒にできるものではない。
「あああっ、俺ってバカ!」
 一瞬呆けて工藤を見ていた自分に活を入れるべく、両手で頬をぺちっと叩く。
 と、ちょっと目を放した間に、二人の外人にもう一人加わって、ニコニコと工藤を見上げている。
「って、何でやっぱり女がいんだよっ!」
 これみよがしなミニスカートのスーツではなく、パンツスーツにコートを羽織り、後ろでブロンドをまとめてはいるが、遠目にも若い美人だ。
 おそらく秘書といったところだろうが、ニコニコではなくウットリ気味に見えてしまう自分にも腹が立つ。
 ようやく工藤は三人と握手を交わすと、良太の待つ車へ来て後部座席のドアを開けた。
「お疲れ様です」
「ああ、東洋商事のあと、フジタの広告宣伝部長と英報堂ドイツ支社の連中と会食することになった。志村は今、スタジオだったな」
 また、スケジュール変更だ、と良太は思う。
「ドラマでNTVです」
 工藤はマネージャーの小杉の携帯に電話を入れた。
「工藤だ。フジタのCMの件で今夜会食だ。志村に捕まれば顔を出すように言ってくれ。『雅楽』に七時半だ」
「小杉さん、捕まりました?」
 工藤が携帯を切ると、良太が聞いた。
「留守電だ」
「撮影中ですね、まだ。フジタのCMって、アウトバーンを走るんですか? いいな~」
 東洋商事のあと軽く食事をするかって言ってたのにな、と良太は心の中でぼやく。
「セダンで、ターゲットは中堅層の上ってところだ。ドイツでも志村でCFを流す」
「へえ、カッコいい。志村さん、品格があるってか、最近、渋みも増してきましたよね」
「環境問題をテーマにした映画もうちと英報堂とフジタで、本決まりだ。二月あたりに制作発表になるからな。お前にもドイツ行ってもらうことになるから、ドイツ語もかじっとけ」
「へ、ドイツ?! 俺がですか?」
 いきなりの仰天命令に良太の頭はしばしパニック。
 これだよ、何言い出すかわかんないんだからな~
「『知床』は今週にも終わるんだろ?」
「ええ、と、予定ではそうなんですけど、多分、最後の調整、大晦日までずれ込むって、ヤギさんが」
「ヤギのやつ、何をちまちまやってんだ。放送予定は明けて最初の日曜だろうが」
 工藤は煙草を銜える。イラついている証拠だが、火をつけずにケースに戻す。
「はあ、でもスタッフみんな、結構力入ってますから」
「お前、両親のとこに行くんだろう?」
「ええ、まあ、大晦日に行ければいいかな、と」
 母親に納会が済んだら行けると思うとは言ってあったが、ちょっと訂正しなければならない。三日には『パワスポ』の特番があるから、熱海にいられるのは正味二日くらいのものだろう。
「『パワスポ』は順調か?」
「はい、まあ」
「何だ、その、まあってのは」
「いえ、二十三日の沢村出演も本人OKもらってるし、年明けの特番も沢村一つ返事で出るって言ってて番組は別に問題はないんですけど」
 良太は躊躇しながら続ける。
「大山さんがまたねちねちと言うんで。MLBって騒いでたのに、こないだ契約更改一発サインしたとか、何とか。沢村はああ見えていい加減な男じゃないし、あいつの言ってたプロジェクトもとっくに動き出してるし、三冠王取れば、球団だってそうそう簡単に放さないわけで。とにかく、何かって言うと大山さん、絡んでくるから」
 つい愚痴ってしまう良太に、工藤は「捨てておけ」と言う。
「仕事に支障をきたさない限りな」
「はあ」
 不機嫌そうな工藤の顔をバックミラーで見ながら、良太は返事をする。
 と、工藤の携帯に小杉から電話が入った。
「ああ、そうか、顔を出せるようなら来るように言っておけ」
 工藤が小杉と話している間に、車は東洋商事ビルに着いた。良太は、地下のパーキングに車を入れ、菓子を持って工藤と一緒にエレベーターで一階の受付に上がる。
「志村さん、行けそうですか?」
「終わり次第だ。NGで手こずらせているやつがいて、伸びてる」
 良太はゲッとこっそり口にする。いつぞやの良太のドラマ出演で散々手こずらせた忌まわしい過去をまた工藤に思い出して欲しくはないのだ。
「あっ、『やさか』の最中、これ美味しいんですよ。こないだ、雑誌に載ってるって鈴木さんに言われて買ってみんなで食べたんですけど」
 良太はドラマの話題から工藤の意識を逸らそうと咄嗟に菓子の話に切り替える。
「ふーん」


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