ほんの少し届かない 18

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「でも、あの『やさか』の店長、千雪さんの幼馴染っていう黒岩さんって、何か、お菓子屋さんってより、格闘技の選手みたいですよね。大きいし」
「研二は柔道をやってる。今も続けているらしい」
「え、そうなんですか、どうりで……」
 工藤と『やさか』の話をしたのは初めてだったが、研二、と呼ぶほど工藤とも親しいのかと、ふと良太は思う。
 そんなことを考えているうちにエレベーターは受付のある一階に着いた。
「青山プロダクションの工藤と広瀬ですが」
「承っております。エレベーターで二十六階へどうぞ」
 にっこり良太に微笑みかける受付嬢とは顔馴染みで、良太のことも覚えてくれているせいか、対応はスムースだ。
「お忙しいところ恐れ入ります」
 社長室の隣にある応接間に通され、工藤が挨拶するのに、紫紀は「こちらこそ、ご足労いただきまして、有難うございます」と態度は丁寧だ。
 いつもながら京助の兄とは思えないくらい礼儀正しく、下っ端とかえらいやつとかの差別をするわけでもなく、良太相手にもいつも親切だ。
 よく見ると顔は似てるんだけどな。
 雰囲気ってやつが違うよ、京助とは。
 良太の中では、京助という男は、横暴が服を着て歩いている手合い、という分類になる。
「いよいよ、年明けには『知床』も放映ですね。どんな調子ですか? 良太くん」
 三人になると、紫紀は親しげに、良太くん、と呼ぶ。
「はい。今、最後の調整に入っているところです。下柳が妥協しない人なので」
 良太は正直に受け答えする。
「なるほど。しかし、身体を壊さないようにしてくださいよ。『春の夜の』の方も、前評判は上々みたいですね」
 三十分ほどで工藤は暇を告げた。
 ただ、ぜひまた初釜にお越し下さいと言われた時には、良太はちょっと笑顔がひきつりそうになった。
 綾小路の家ではアットホームな時間を過ごすことができたのだが、前に招かれた初釜のときはとにかく足がしびれて参ったのだ。
「やっぱ、行かなくちゃなりませんかね~」
 エレベーターの中で良太がボソッともらすと、「接待だと思って心して行くんだな」などと工藤は笑う。
「ああ、香席も用意するって言ってたな、香を聞くのはお茶くらいではすまないから覚悟しとくんだな」
「へ……冗談きついですよ~、何ですか~、コウヲキクって」
「香道だ。綾小路の家は古いからな。せいぜいよく勉強しておけよ」
 工藤はニヤニヤ笑っている。
「ちぇ、面白がってるし………」
『雅楽』に出向く前に一度オフィスに寄るという工藤を乗せて、良太は乃木坂へと車を走らせる。
 何だか、工藤の運転手を務めるのも久しぶりのようで、良太はちょっとばかり嬉しい。
 俺って、ホントお手軽なやつな~
「そういえば、二十四日って、名古屋でしたよね、お帰りは何時くらいになりそうですか?」
「一席は持つから、わからないな。帰るのは二十五の朝になるかもしれん。何かあったか?」
 これだよ。
 今夜はドイツ英報堂、明日から北海道二日間、二十三日は良太が朝からスタジオで午後から沢村と会って『パワスポ』が終わるのが夜中の十二時。
 二十四日は工藤が朝から名古屋。二十五日に帰ってきても、工藤は挨拶回りに忙しく、良太は『知床』の追い込みだ。
 どうせ次会えるのなんて、納会の時くらいなんだ、きっと。
 わかっていたこととはいえ、良太は、あ~あとこっそりため息をつく。
「いえ、二十四日は一日中スタジオに詰めてると思いますけど、藤堂さんが……」
「藤堂がどうした?」
「また、イブにパーティやるから来いって言われてて」
 言っても無駄だと思いつつも、良太は口にする。
「お前は『知床』でスタジオに詰めてるんだろうが」
 心なしか険のある言い方で、工藤が聞いた。
「はあ、でも、何か時間無制限でやるんだそうで、ヤギさんに話したら、美味い酒があるんなら、ちょっと息抜きに行ってみるかって」
「フン、あのやろう、酒があればどこでも顔を出すからな」
「はあ……」
 それだけでその会話は途切れた。
 
 


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