ほんの少し届かない 6

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      act 3

 
 
 師走を迎え、街路樹が落とした葉で舗道が黄金色に染まる頃になると、ショーウインドウは華やいでクリスマス気分を盛り上げ、浮かれ気味のメロディに誘われるように老若男女は巷に溢れ出す。
 現実は東京などではあまたのクリスマスソングが歌い上げるような雪のクリスマスなんて程遠く、温暖化現象でこの先ホワイトクリスマス自体なくなるかもしれないというのに、とりあえずクリスマスから正月へと移行するこの浮かれ気分に便乗して歳末商戦を乗り切らねばならないと、世の中は徐々に今年のラストスパートをかける。
 青山プロダクションも例に漏れず、鈴木さん以外全員出払っていることも多くなった。
 常時会社に出勤しているのは良太と鈴木さんくらいなものだが、社長の工藤は前にも増してオフィスに留まる時間がなさそうだ。もっとも、夜遅くにオフィスに戻り、社長室の灯りが午前零時を過ぎて灯ることもよくあることだ。
 プロデューサーとして名を連ねるスポーツ番組『パワスポ』の打ち合わせのあと、たまたま良太が忘年会ということでスタッフと街に繰り出し、酔いを醒まそうと歩いて戻ってきたのは午前一時。
 ふと見上げると六階に灯りがついている。
 工藤がいるらしい。
「しゃあない、コーヒーでも持ってってやるか」
 一旦自分の部屋に戻ってジャージに着替えると、足元に絡みつくナータンにご飯をやり、湯を沸かす。
 ここのところ言葉を交わす暇もないくらいだが、たまに垣間見る工藤の表情からは疲労の影が消えない。
「身体を気遣えなんつったって、聞く耳もたねんだもんよ、あのオヤジは」
 嫌煙家のアスカは真っ向から、煙草やめてよ、だし、良太は身体のことを考えて本数を減らした方がいいと折に触れて言っているし、環境も喫煙家には厳しくなっているせいか、工藤も意識して本数を減らしているようだ。
 だが最近一段と忙しくなってきて、会社にいる時はまた灰皿の吸殻が山積になっている。
 普段、さほど吸う方ではない秋山からしてそうなのだから、会社の仕事が飽和状態と考えてもあながち間違ってはいないだろう。
 万年人手不足。
 原因はそれにつきる。
『募集しても面接で逃げ出すもんばかりで』と、工藤一人ではどうにもならない細々した会社の雑用をやっていた頃を思い出しながら、平造が良太に話してくれたことがある。
 平造はかつて前組長の腹心だったが、数年の服役を経て出所したところで、前組長の妻であった工藤の祖母から頼まれて、養父母であった曽祖父母を相次いで亡くして天涯孤独となった工藤の面倒を見てきた男だ。
『仕方なくわしが客の応対やら電話の取次ぎしとったが、何の事務所じゃ思われかねんかったしなぁ』
 工藤が持っている指定暴力団組長の甥という、縁を切っているというだけではどうにもしようがないダークな出自のために、取引先としてのスポンサーは得られても、会社の中に足を踏み入れるということになると誰もが躊躇してしまうのだ。
 しかも、大手が多角的に業務を繰り広げているのと違い、もともと企画制作畑の工藤が会社を創業した当初、今では独立している女優の小野万里子や俳優の志村嘉人を抱え込んだことからやむを得ずタレントのプロモーション業務にも携わざるを得なくなった。
 小野万里子の場合は、事務所の社長との不倫がマスコミに取り沙汰され、駆け込み寺のごとくボロボロになって以前一緒に仕事をしたことのある工藤を頼ったのだ。
 もちろん、冷酷非道が売りのように言われていた工藤に対して半信半疑の状態だったようだが、彼女に入れ知恵したのは今や大物女優としての地位を不動のものにしている山内ひとみだ。
『冷酷非道? まあ仕事ではね。ほんとは昔の恋人が忘れられないだけの情けないヤツなのよ』
 その話は良太もひとみから聞いて思わず笑った。
 当時若い工藤はそれこそそんじょそこいらの俳優なら裸足で逃げ出すようなルックスに加えてMBC入社直後から徐々に仕事で頭角を現し、もちろん先輩である鴻池の後ろ盾もあったとはいえ、その存在感は回りの業界人を妬みを買うほど圧倒していた。言い寄る女たちを食っては切り捨てる冷酷非道とマスコミでも散々叩かれたが、事実プライベートではその通りで、その頃の工藤は恋愛云々を考えることなどなかった。
 そんな工藤が少しなりとも心を許していたのは同期の下柳以外は珍しく三ヵ月ほど続いた山内ひとみくらいだろう。
 以後悪友として延々つきあいがあるのも気の強い毒舌家のひとみだからこそだ。
 ひとみに言いくるめられて工藤は結局万里子を引き受けるはめになり、社員一人としていない会社でプロデューサーとしての仕事を抱えながら万里子のマネージメントもここなすべく駆けずり回った。


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