ほんの少し届かない 9

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「親密って程でも……前にCMに出してもらった時もお世話になったし、よくおいしいもの持ってきてくれるんですよ」
「ほお~、何そのパーティってのも、美味いもんあり? 酒も?」
「多分。去年は美味しいシャンパンもたくさん並んでましたよ。あとで小笠原に聞いたら、すんげく高いのばっかだったって。ブブクリコとかドンペリとか。美味しいはずですよね。残念ながらうちの会社の忘年会じゃ、ちょっとサービスできないかな~」
「何だよ、焼酎『隠し蔵』とかないのかよ」
 下柳にとって美味い酒とはどこまでいっても焼酎らしい。
「さあ、名前はわかりませんけど、焼酎もいろいろあったな~河崎さんが焼酎好きらしいですよ。高級ワインかなんか飲んでそうだけど。意外にも」
「おう? なかなかわかるヤツじゃねぇか、英報堂のくせによ。ちっと見直したぜ。ほんじゃ、俺も一緒に行っていんだろ、そのパーティ」
 親交の基準は奥が深そうで、実は案外単純だったりする。
「え、いいですけど、多分……」
「へ、パーティ? クリスマス? ヤギさん、抜け駆けはずるいっすよ、俺も俺も」
 二人の話を漏れ聞いたスタッフがわらわらと割り込んできた。
「こいつ、つい一昨日、唯一の彼女に振られたばっかなんで、がっついてんです、クリスマス前に」
「ほっとけよ! あんな女のことはもう過去の話だ! お前こそ、木村ほのかがIT企業社長と結婚決まったっつって、合コン合コンって騒いでたくせによ」
 銜え煙草で三十路もあとわずかの村井が同期の石川に言う。
 他の若いスタッフも睡眠時間を削って仕事づけの毎日を送っているから、彼女と会う時間もなかなか作れないのが現状だ。
「木村ほのか? お前あんなのが好みか? 確かに美人だが、女優としちゃ、もうちょっとってとこだなあ。まあ、結婚しちまうとそれが吉と出るか凶と出るかだな」
 トレードマークのひげもさらに伸びて、完全な無精ひげとなっている下柳がひとりうなずく。
「なんか、今年のうちにって大掃除じゃあるまいし、やたらゲーノーカイでも結婚ラッシュっすよね~、受付の真紀ちゃんも俺らが撮影に行ってる間に結婚しちまうし。どっちをみてもラブラブ」
「この一角だけ、ラブラブクリスマスなんかには縁がなさそうですよね。上が上だけに。はああああ」
 北海道出身のカメラマン葛西が大仰にため息をついた。
「きさま、俺のせいにしよってのか? んなもの、自分の甲斐性のないせいだろ」
 下柳がのんびりと反論する。
「でも良太はいるんだろ? 彼女」
 村井が急に良太に振ってきた。
「へ? いませんよ」
 咄嗟に躊躇しながら良太は首を横に振る。
「おい、俺たちに隠しごとはなしだぜ?」
「いや、ほんと、彼女なんていないですよ……ずっと仕事で手一杯で」
 まあ、彼女でなくて気になるオヤジなら、一人いるけど。
 全くなんでオヤジなんだかな~ しかもウソツキだし。
「くっそ、もうこうなったら、俺には有馬記念しかないっ!! サンタさん、どうか俺のプレゼントは万馬券でいいっす……」
「お前んとこなんかにサンタがくるか! とっとと仕事しやがれ!」
 お祈りポーズの石川の後ろ頭を村井が小突いてスタジオに入っていく。
 だよな、んなこと考えてるバヤイじゃないんだってば!
 自分に活を入れてあとに続こうとしたところで、また良太のポケットで携帯が鳴った。
「はいっ、……お疲れ様です!」
 最近携帯の機種変更をした際、着メロをベートーベンからワーグナーの『ワルキューレの騎行』に変えた。
『今夜は札幌で足止めだ。雪がすごい。明日事務所に寄るつもりだったが、直接大阪に行く。そっちはどうだ? 忘年会の準備は大丈夫か?』
「あ……はい、忘年会の方はご心配なく」
『あとを頼む』
「はい、あの……」
 言いかけた言葉は工藤には届かなかったようだ。
 何日か前の夜中に言葉を交わして以来、すれ違いで顔も合わせていない。
 今日は戻ることになっていたが、急な寒波が降りてくると予報で言っていたのが当たったらしい。
「暖冬じゃなかったのかよっ!」
 思わず何かに当り散らしたくなった良太を下柳が振り返った。
「どした?」
「あ、いや、何でも」
 良太は慌ててごまかそうとする。
「疲れてんな、良太ちゃん。今夜は適当に切り上げて飲みに行くか?」
「え……いや……」
「賛成!」
「ぱあっと盛り上がりましょう!」
 良太が返事をする前に、他のスタッフがもう乗り気になっている。
 どちらかというと、早めに上がってためている自分の仕事をしたかった良太は苦笑いとともにため息をついた。
 


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