上弦の月 3

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 工藤の学生時代の恋人、ちゆきの話を切り出したのはひとみだ。
 ハイペースで飲んでいるのだが、ひとみは顔色ひとつかわらない。酔っているとは、ひとみを知っている須永や下柳でないとわからないのだ。
「ちゆきか……まあ、あいつら、ほんと惹かれ合うべくしてそうなった、って気はするが」
 小田がしみじみした口調で言った。
「俺たち三人とちゆき、当時はいつも四人でつるんでたんですよ」
「でもまあ、俺と小田が入る余地はなかったな、あの二人」
 荒木もうなずく。
「工藤のやつ、出自が出自だから、昔から世の中斜めに見て、構えて粋がっていたけど、あの頃はあんなやつでも可愛いところはあったんですよ」
「だな、フン、二人とも夢中だったし。ちゆきのオヤジがあれじゃなきゃな」
 当時を思い出して笑みを浮かべる小田の言葉を引き継いで荒木も続けた。
「でも、親に引き離されて自殺するなんて弱すぎない? そのちゆきって。駆け落ちでも何でもすればいいじゃないの、そんなに好きだったんなら。だって、残された高広が可哀想じゃない」
 二人の懐かしげなようすに割って入って、ひとみはそう主張する。
「そりゃちょっと違うかな。ちゆきは弱いなんてタマじゃない、どっちかって言うと、一番強かったのかも」
 小田が言うのに、「それ、どういうことよ?」とひとみは突っかかる。
「ちょっと自信なさげな教授なんか、彼女の鮮やかな弁舌にやり込められてたし」
「生きていたら、超手ごわい弁護士か俺なんか足元にも及ばない鬼検事にでもなってたかもな。ちゆきは、なんか雰囲気が山内さんに似てるよ、こうきっぱりばっさりって感じで」
 荒木が笑う。
「……だったら何で自殺なんかするのよ!」
 ひとみが強い口調で言い放つ。
「二人が惹かれあったのは必然、ってのは、お互いに自分の出自を忌み嫌っていたからだ。かたややくざ、かたや悪徳政治家ってやつ。彼女は父親を諌めるため、というより復讐のために自殺したって気がする」
 小田が真面目な口調で続けた。
「工藤を愛していたのは事実だが、彼女は社会正義を貫いた」
「自分の父親の悪事の証拠を俺らに託して、彼女は自殺した。その証拠は、数年後実際、彼女の父親を失脚させるために役に立ったわけだから、彼女はそれにおいては報われたというべきか」
 荒木の声が硬くなる。
「そんなの、難しくてわからないわ。要は、高広はその社会正義とやらに負けたわけね」
 荒木と小田の話に対して、ひとみが言い切った。
「まあ、置いていかれた工藤が荒れたのはわからないでもないさな……」
 それまで黙って聞いていた下柳がボソリと口にして間もなく、工藤が階段を降りてくるのが見えた。
「こっち、高広」
 ひとみが手招きすると、工藤はセカンドバッグを手に訝しげな顔でやってきた。
「おい、なんだこのメンツは?」
「たまたま俺らが飲んでたら、先生たちがいたんだ」
 下柳が席を詰める。
「お前の話、いろいろ聞かせてもらってたとこだ」
 にやにや笑う小田に、工藤はさも迷惑そうな顔でソファに腰を降ろした。
「良太ちゃんは?」
 ひとみが聞くと、「あとで迎えを頼んだ」と工藤は言う。
「なーんだ、一緒に連れてくればよかったのに」
「お前につぶされるのがおちだからな」
 不服そうに口を尖らせるひとみにおかまいなく、工藤はウエイターがコースターに載せたオンザロックのウイスキーを手にする。
「いいじゃない、明日早いの?」
「さっきアスカと秋山が乗った機がエンジントラブルで中部国際に緊急着陸したんで、東京駅に迎えに行かせたんだ」
 いまいましそうに工藤は吐き捨てる。
「近頃妙にトラブるな、エアーが」
 心配そうに下柳が言った。
「乗らないわけにもいかないし、荒木、何とかしろよ、航空会社」
「俺がどうかできるんだったら、とっくにやってる」
 根拠のない要望をつきつけられた荒木が呆れて工藤を見やる。


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