上弦の月 5

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「お前のご執心の先生だよ、ここんとこ、とんと顔を合わせることがないが……」
 いきなりガクンと良太の気持ちが降下した。
「何がご執心だ」
 うまいごまかしは工藤の得意ではない。
 手持ち無沙汰にひとみの傍らに立っていた下柳も、荒木の言うご執心の先生がついさっきひとみと話していた小説家のセンセのことだと察しがついて、苦々しい顔で髭をさする。
「千雪くんのことだな? 工藤ならずともうちの事務所みんなご執心だぜ。そういや、最近顔を見ないな。まあ、彼がうろうろしないってことは厄介な事件がないと思っていいんだろ」
 微妙なタイミングで、そう言って笑ったのは小田だ。
 下柳はちらと良太の顔を見たが、笑っている良太にちょっとほっとした顔で、「打ち合わせ来週の頭な」とポンと肩を叩くと、須永を従えたひとみと一緒に店を出ていった。
 
 
 
 
 店を出た時は十二時を少しまわっていた。
 荒木や小田にすすめられて飲んだ良太は結局車をパーキングに置いていくことになり、それぞれがタクシーを捕まえた。
「高輪、来るか」
 最後にタクシーに乗り込むと、工藤は良太に聞いた。
「いえ……、ちょっと疲れたんで……」
 隣で良太はもそもそと答えた。
 工藤は「そうか」と言っただけで、前を見据えている。
 良太は何だか急に胸が苦しくなった。
 翌日は休みだし、工藤もスケジュールは空いていた。
 本当は良太も工藤の部屋に行くつもりだったのだが。
 工藤のご執心の先生、という荒木の言葉は小さな棘のように良太の心に引っかかっていた。またしても意外な方向から工藤の千雪への思いを知らされたようで、そんな気持ちをひきずったまま一緒に行く気になれなかった。
 いや、ちぇっ、誰が行くもんか! と天邪鬼を起こしただけなのだ。
 ひとみや下柳たちが帰ったあと、しばらく千雪の話題で終始した。
 実のところ、良太のことを考えるとあまり面白くない工藤の思惑をよそに、何も知らない荒木は千雪がかなりダサい風体で司法修習にやってきた頃のことを面白おかしく語った。
 無論修習内容には一切触れないが、ベストセラー作家ということは知れていたし、しかもあの風体は検察庁でも大いに話題を振りまいたようだ。
 良太も努めて荒木に合わせて相槌を打ち、笑った。
 笑いがひきつりかけたところで、お開きになって良太はようやく肩の力を抜いた。
 うううう……………ガキ………だな、俺なんかてんで。
 年齢の差というだけではない、本質的なところでまだまだ工藤の片腕になんかなれないと漠然と思う。
 波多野という未だに得たいの知れない男から言われたことがふいによみがえる。
 『君がいくらそうやってがんばったところで、君の力ではどうにもならない』
 言われなくても十二分に思い知っている。
 『こんな後先なしの行動を取るような』俺が工藤の片腕だなんて、チャンチャラおかしい。
 そうだ、あれから工藤の周りで不穏な出来事は起きていないようだが、実際はどうだかわからない。あの波多野という男のところで事が収まっているのではないか。
 窓の外に広がる灯りの渦の奥に深い夜の闇を見たように思い、良太は身体の中が冷えていくのを感じる。
 いっそのこと、千雪があんな傲岸不遜な男と手を切って工藤を選んでくれたら、こんなイジイジしなくてよかったんだ。
 千雪ならきっと、波多野に見下されるようなマネをしたりしないんだろう。
 さらに自虐的なことを考え、良太は自分のキャラから外れている自分に呆れる。


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