上弦の月 6

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 えいくそ! ちょっとは成長しろよ、俺!
 俺にできることっていえば、与えられた仕事をものにすることじゃないかよ!
 本物の『司令塔』になれよ、工藤の本物の片腕に!
「そういえば、ヤギさん、張り切ってますよ、今度の知床の仕事」
 自分で叱咤激励した良太は極力弾んだ声で言った。
「俺もすんごいワクワクしてんですよ、オジロワシとかシマフクロウとか、本物見てみたいし」
「ああ、やつは昔からあのあたりの生態系、追っかけてたからな」
 工藤は少し笑みを浮かべる。
 下柳との良太の仕事は来年の春に放映予定のドキュメンタリーだ。MBCで二時間枠を確保し、東洋商事をメインスポンサーに、『世界自然遺産』に登録されて注目を浴びている知床半島の生態系を追う。
 ウインタースポーツは苦手でそんなことに身体を使うくらいなら温泉につかっていたという下柳だが、どうも選ぶ仕事はゆったりした南の島より極寒の地の方が好きらしい。
 別の番組で冬の北海道の釧路湿原で行われた撮影に良太も同行したのだが、寒いなんてものではなかった。とはいえ風蓮湖の白鳥を見た感動は今でも忘れられない。
「サハリンとかカムチャツカにも足を伸ばすつもりらしいな、覚悟しとけよ」
「え、俺も行っていいんですか?」
 良太は声を上げて工藤を振り返る。
「プロデューサーのお前が行かなくてどうする。まあ、スケジュール調整はうまくやれよ」
 この仕事が決まってからというもの、週イチで持っているスポーツ情報番組『パワスポ』や工藤関係の仕事とのスケジュールを調整しながら、スポンサーとの交渉からスタッフの手配、ルートを確認し、宿泊施設を押さえ、と下柳と打ち合わせしつつ良太が一人で東奔西走している。
 二月に良太も一度下柳とともに知床に足を運んだ。ほとんどとんぼ返りだったが、あの究極の自然にほんの少し触れただけでも身体が震えた。
 『ありのままの状態で撮りたいからな』
 下柳の意気込みにもままならぬものがある。
「絶対、カッコいい作品になりますよ」
 思わず握り拳に力が入る。
 工藤はそんな良太を見てまたフッと笑う。
 ほんの十数分で車は乃木坂にある青山プロダクションの前に着いてしまった。
「あ、じゃ……、工藤さん、お先に失礼します」
 なるべく明るく言う良太だが、心の中は後ろ髪引かれまくりだ。
 ここでタクシーじゃなければ恋人同士ならキスのひとつもするよな。
 タクシーじゃなくても、工藤じゃあんまし期待できないか。
 女なら、…や、千雪ならこうさりげにキスとかしてもサマになるかもしれないけどな~
 あ~あ~
 そんなシーンをつい想像までしてまたぞろ千雪と比べてしまった良太はモバイルの入ったバッグを掴む。
 第一、そんなお名残惜しけりゃ、高輪行くって言えばよかったんだ。
「最初から飛ばすと息切れするだけだぞ。ちょっと力を抜け」
 工藤の手が車を降りようとした良太の頭をくしゃりとやった。
 途端、ぎゅっと良太の心臓が軋む。
「は…あ……じゃ……お休みなさい…」
 かろうじてぺこり、と良太は頭を下げた。
 唇の端で笑う工藤を見て、やっぱ一緒に行きたい! と心の中で喚いてみるのだが、今更言えやしないし。
 そこはしょーもない意地ってやつで。
 タクシーが走り去るのを見送って、良太はガクリと肩を落とす。
 あ~あ~、チョー情けねぇ。
「ちぇっ、ちぇっ、あっさりしたもんだよな、行かないって言えば、そうか、だってさ。なーんだよ、クソオヤジ!」
 悔し紛れの憎まれ口も出てしまう。
 工藤にとってはあくまでも『ご執心』なのは千雪で、やっぱ俺は手のかかる部下ってとこなんだろうさ。
 工藤の手が触れただけで頭のてっぺんから身体の方まで熱を帯びてくる。
 むしゃくしゃする気持ちとは裏腹な自分をもてあましながら良太は裏口へまわり、守衛に会釈するとエレベーターのボタンを押した。
 
 


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