上弦の月 8

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 トゥリ………トゥリリリリリリリリリ………トゥリリリリリリリリリ………!
 頭の上でいきなり鳴り始めた音に思い切り不快感を覚えながら、その不快な音の発信源を断とうと良太は目を閉じたまま手を伸ばした。
 だが、止めたはずの音はまだ鳴り続けている。
 眉を顰めながら、良太はのっそりと半身を起こし、まだ明けやらぬ目で枕もとの目覚まし時計を掴むが、どうやら音の発信源は目覚まし時計ではないとぼうっとした頭で考え、あたりを見回した。
 ようやく椅子に引っ掛けた上着のポケットからその音が発せられているのだと半分理解しつつ、ベッドを這い出してポケットから携帯を取り出した。
「はい……青山プロダクション…………」
 『おい、何寝ぼけてんだ? 俺だ』
「俺…………?」
 『おい、良太、俺がわからねーのか? え? 生まれてこのかた、十八年も一緒に生きてきた俺だぞ?!』
「ああ…………? 肇かぁ? 何だよ、朝っぱらから、俺は昨日遅かったんだ……」
 『真っ昼間の十二時のどこが朝っぱらだ? お前が夕べ遅かったんじゃねーかって、これでも遠慮して朝はかけなかったんだぞ!』
「……………! 怒鳴るな………頭にひびく……」
 『ったく、二日酔いかよ………』
「悪かったな………」
 ガンガン頭の中で何かが暴れているような気がする。
 ナーーーンン……。ナータンがスリッと身体を摺り寄せる。
「ああ、ごめんな、今、ご飯やるからな」
 良太は優しく小さな頭を撫でてやる。
 そうだった。夕べ、工藤と別れて部屋に戻ってからついつい自棄を起こして向い酒なんぞに走ったんだ。冷蔵庫に入っていたチューハイを三本ほどと冷酒。
 ああ、美味いなんて調子こいて飲んだ冷酒が効いたんだろう。
 ズボンは脱ぎ捨て、ワイシャツもボタンが半分外れている。
 『わかった。今から胃薬でも持って行ってやる。かおりも一緒だ』
「ああ…………………??」
 聞き返そうとした時はもう切れていた。
「行ってやる………って、何考えてるんだ? 肇のやつ……」
 良太は携帯を切ったあと、冷蔵庫からポカリを出して一気飲みする。
 少しばかり脳が働き始めたような気がして、まずお待ちかねのナータンの皿にご飯をやるとざっとシャワーを浴びる。
 変な天気だな。
 タオルで頭をこすりながら窓を見やると、陽がさしているのに雨が降っている。空にぽっかり浮かんだ雲がやけに清清しい。そういえば昔、リトルリーグの試合でこんな空の下で思い切りボールを投げたのを思い出す。肇のサインを無視したわけではないが、投げる球投げる球全部直球で、あとで肇が怒っていた。
「にしても何だよ、いったい」
 まあ、工藤のために何にも予定を入れてなかったから急に空いてしまった休みをどうやって過ごそうと思っていたところだ。
 肇やかおりとメシでも食うか。
 ちょっと気分が上昇する。
 残っていたポカリを飲み干すと、良太はTシャツとジーンズに着替える。
 肇たちが来るまでまだ時間はあるだろう、冷蔵庫には飲み物がなくなってしまったから、コンビニまで行って補充するか、とドアの前に並んでいるスニーカーを引っ掛けた。
「そうだ、車、取りに行かなけりゃ」
 エレベーターで一階に降りた良太は、そんなことを呟きながら何気なく駐車場に目をやった。社用車であるプレジデントの横に見覚えのあるベンツがあるのに気づく。
 良太がこの会社に入ってから幾度か整備に出しているが、昨年暮れ良太の知らないところで工藤が整備に出したのを最後に、先頃発表されたばかりの新車に変わっていた。ボディーもシャープになったぴかぴかのメルセデスはシルバーのS500。
 ったく、俺の知らないうちにオファーしやがってさ。
 車は会社ではなく工藤個人の所有だから、良太が知らなくても仕方ないのかもしれないが。
 確か、昨日会社を出るときは、谷川が奈々を乗せてプレジデントで出ていたし、いつも工藤はこの車を高輪に置いているはずである。とすると。
「あの、社長、来てます?」
 良太は警備員に聞いた。
「はい、十時頃、いらっしゃいました」
 ふーん。急ぎの仕事でも入ったんだろうか。
 ま、俺には関係ねーもん。
 良太はポケットの鍵をもてあそびながら、通りに出て行った。
 


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