東京へ行こう -ケン- 26

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 とても仲のいい家族に見えたとケンが言うと、ハンスはそう自嘲気味に言った。
 彼女らが居る時、ハンスが二階の端の部屋を使っていたのをケンは思い出した。
「人の気持ちは誰かが変えようとして変わるものではないからな。ただ、友人としてつき合う選択肢を残してくれたことを彼女には感謝しているよ。子供たちのためにもね」
 深く際立った味わいのコニャックのお蔭か、ハンスはアレクセイと初めて出会った頃からを面白おかしく語り始めた。
「何て高慢ちきで生意気で思い上がったガキだと思ったね、何せいい年のマダムからまだデビューしたての小娘まで女という女を吸い寄せること吸い寄せること、あの美貌は魔性のものがあった」
 確かにとケンは苦笑いした。
「ところが、頭脳はとびっきり、ヴァイオリンの腕はプロ顔負け、しかもハンドルを握らせたらぶっとぶわ、喧嘩腰の連中を相手に大立ち回りをやらかしたこともあったし、男どものメンツなんかそれこそ吹っ飛んだ」
「目に見えるようだな」
「俺も結局あいつの前にひれふすしかなくなって、話してみると面白いやつだし、俺もF3とかには参戦していたんだが、アレクセイをチームに担ぎ出すことにした。で、あれよあれよという間にF1さ」
「アレクセイが準優勝した時って、確かモンテカルロだよね。ハンスのチームだった?」
「そうそう。あの時は前代未聞の準優勝ってんでチームも仲間うちも上を下への大騒ぎ。何しろそう経験のないチームが準優勝なんてあり得ないとかって。アレクセイは一人優勝できなかったことを悔しがってたがな」
 ハンスは懐かしそうに語る。
「その頃から仲間うちにブリュンヒルデもいたんだ。彼女は何ていうか、見た目に反してしっかりしたところがあって、浮かれて誰とでも寝たりするようなことはなくて、アレクセイとも親しい友達だった」
 しばし宙を見つめるようにハンスは言葉を切った。
「俺の方は遊んでいたくせに、結婚するなら彼女だな、なんて。プロポーズした時、彼女は言ったよ、私一人だけに決められるならって」
 ハンスはコニャックをグラスに注ぎながら続けた。
「もちろんさ、誓うとも! 俺は誓いを破ったつもりはなかった」


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