煙が目にしみる87

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 手繰り寄せた幸せに浸る恋人たちは、その頃、S温泉清岳館のとある部屋で繰り広げられていた阿鼻叫喚を知るよしもなかった。
「豪なんか! 元気なんか! 勝手にいちゃついてろってんだ!」
「克典なんかいなくたって、あたしは強く生きていけるんだ!」
 向かいで、優花と紀子のパワーのすさまじさに気圧されているのは、山盛りの料理と酒を前に、ははは、と愛想笑いの東だった。
 元気が大変、という紀子の勢いに逆らうべくもなく、東は紀子を車に乗せて清岳館に行き、そこでS高原スキー場で雪崩があったらしいと聞きつけた。
 彼らの車がちょうどスキー場に着いた時、「あっ、あれ、元気の車じゃない?!」と紀子が山を降りていく元気の車を見つけたので引き返そうとしたのだが、その後ろから追いかけようとしている女に、東は気づいた。
 紀子は彼女が元気に電話をしてきた優花だと、とっさに理解した。
 泣いている優花をそんなところに置いて行けないという紀子に引き摺られるように、東も清岳館までやってきたのだ。
 宿まで行く道すがら、優花からかいつまんだ事情を聞きだした紀子は声も露わに憤慨した。
「こうなったら、とことん飲むっきゃない!」
 というわけで、このような事態となったのである。
「ほんと、ひどい男だわ! 坂之上豪! あんたみたいないい女がいながら! 確かに、そりゃ元気はステキだけどさ」
 紀子が優花の肩をもつのだかなんだかわからない発言をする。
「さっきだって、私のことなんか眼中にないのよ、とっとと二人で行っちゃったんだから! ひどすぎると思わない?」
「そりゃ、ひどい」
 東がうんうん頷く。
「わかってるんだ、でも。どんなにおっかけたって豪は、元気のものだって」
「優花ぁ」
「うわーん、紀子ぉ」
「男なんかいなくたって、生きていくんだーっ!」
「そーだ! あたしたちはこれからだもんねーっ!」
 いつの間にか妙な親近感でお互いを慰めあった二人の雄たけび?が宿中に聞こえるのではないかと、小心者の東はびくびくしながら、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていた。


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