煙が目にしみる89

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「遅っせーぞ。お前の好きな食いもん、もうないぞ」
 聞きなれた声に、元気は返事だけ返す。
 よりによってイブの夜は、学校の会議で遅くなるといっていた東だが、やっと開放されたらしい。
 やがて二次会に行くもの、カップルで帰るもの、それぞれに楽しげな顔で元気に声をかけて店をあとにする。
 バンドのメンバーと元気が器材を片づけているうち、東も豪を手伝って、隅に追いやられていたテーブルや椅子を元に戻していた。
「みんな、もういいぞ、あとは俺、明日やるし。紀ちゃんもこんな時間だから、帰っていいよ」
 パーティの間、カウンターを任されていた二人と一緒に食器を洗っていた紀子は、「うん、もう終わるから」と言いながら、何だか微妙に 幸せオーラを纏ったまま店の真ん中に突っ立っている豪にチラッと視線を向ける。
「優花、昼の新幹線で帰ったみたい」
 一応、紀子は豪に報告する。
「うん、メールもらった。昨日はありがとう」
「どういたしまして」
 紀子はすましてそう答えた。
「ったく、今朝、紀ちゃんと優花さん乗せて帰ってきて、学校ギリだったんだぞ」
 こっそり文句を言う東に、シャンパングラスを差し出して、「世話かけたな、借りはその打ち返す」と言いながら元気は笑った。
「じゃ、俺、帰るわ」
 東は元気が元の元気になったらしいのを感じ取った。
「おう、サンキュ」
 東がジャケットを羽織って、ドアを開けた。
「また来年のクリスマスな!」
「お疲れさんでした」
「失礼しまっす」
 朝倉の若旦那や丸一の秀喜、カウンターの中の二人の助っ人も帰っていく。
「おう、ご苦労さん、ありがとな」
 紀子も身支度を済ませ、ゆっくりとドアに向かった。
「じゃあ、お先に~おやすみなさい」
「気をつけて。おやすみ」
 紀子を送り出すと、店内は急にしんと静まり返る。
「よっしゃ、お前がもってきてくれたシャンパン開けようぜ」


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