花のふる日は 82

back  next  top  Novels


「幸せなんかであるわけないやん。家のための結婚やし。店が傾きかけてたとこへ、大きい会社社長の次男坊が江美ちゃん見て気に入った言うんやけど、婿はん、えらい遊び人でうちらの世界だけやのうて有名で、沢口のおっちゃんも知っとったはずや」
 思いがけない話に、腕組みをしてじっと聞いていた千雪は知らず眉をひそめる。
「そいつ、今も遊んでるんか?」
 すると菊子はふうと一つ大きな溜息をついて頷いた。
「あかんわ、あのアホボン。ここだけの話、うちの梅千代ちゃんにまでちょっかい出しよって」
 拳を握り締めて菊子は言う。
「うーん、一つ二つはったおして、根性叩きなおしてやりたいとこやけど、ガキの頃ならまだしも、俺がしゃしゃり出ていくわけにもなぁ」
 菊子はそんな千雪を見つめて微笑んだ。
「店、お陰で立て直したみたいやしな」
「それやったらもうこっちのもんやし、とっとと、そんな婿はん、追い出したったらええんや! ………て、いうわけにもいかんかなぁ」
「議員さんが外国のお客さん招いての今夜のお座敷、その若旦さんも来やはるみたいやけど、そのうちぎゃふんと言わせよ思て、作戦、考えてるんよ」
 捲くし立てるように話してから、菊子はお座敷の時間だと慌てた。
「あ、千雪くん、二、三日はいるんやろ? ほなまた」
 バタバタと着物姿のまま小走りで帰っていく菊子の後姿を見送りながら、千雪は腕組みをしたまま、しばし突っ立っていた。
 江美子の結婚にそんな事情があったなんて、考えもつかなかった。
 さっきは勢いに任せて、そんな婿は追い出せなんて口にしたものの、江美子のことにそれこそ自分の出る幕などない。
 江美子のことなら小さい頃からよく知っている。
 華奢で一見はかなげに見えるが、その実、自分などよりよほどしっかりしているのだ。
 江美子には江美子の考えがある。
「今さら俺が口を挟むような筋合いはないわな……」
 それにしても驚いた。
 菊子もすっかり別の世界に行ってしまった気がする。


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ