誰にもやらない16

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 気がかりは残してきた猫の『チビスケ』だった。
 河崎のマンションで飼っていた、無垢な緑色の目を思い出すと、目頭が熱くなり、浩輔は慌ててバシャッと顔を洗う。
 ほの暗い灯りの中で、浩輔は鏡の中の成長のない子供じみた自分の顔を見つめた。
「なんて、なっさけねぇ顔、してんだよ」
 ドアが開いたので、慌てて出ようとして、入ってきた男とぶつかった。
「すみま…」
 男の顔を見た浩輔は息を呑んだ。
「前の上司がせっかく招待してやったのに、一言も挨拶がないってのは、納得いかねぇな」
 グイと腕を掴まれて、引き寄せられる。
 急激に体温が上昇する。
 握りしめた拳が小刻みに震えている。
 その眼差しは浩輔を射抜くかのようにきつく、暗く深い陰りを湛えていた。
 怖さと同時に、掴まれている手から、浩輔は身体が蕩けるような熱さを感じて戦慄する。
「コースケ、いるんか?」
 佐々木の声がして、パッとドアが開いた。
「こいつが、何かそそうでも?」
 河崎に腕を取られたままの浩輔を見て、佐々木は眉を顰める。
「久しぶりに昔の部下と会ったんで、これから旧交を温めようと思ってね」
 そう言いつつ、河崎は浩輔の腕を掴んだまま離そうとしない。
「そうなんか? コースケ」
「いえ…あの…」
 佐々木に問われても答えるべき言葉が見つからない。
「無理強いは感心しませんね。おいで、コースケ」
詰りを含んだ目で佐々木はしっかと河崎を見据えた。
 河崎はようやく浩輔を離した。
「前はあなたの部下やったかも知れへんけど、今はウチの大事なデザイナーなんで」
 佐々木は念を押すようにそう言いおいて、浩輔を抱えながらその場を立ち去った。
「聞いたか? 達也。今の会社じゃ、えらく大事にされてるらしいねぇ、コースケちゃん」
 河崎がレストルームを出ると、いつの間にそこにいたのか、柱の陰から藤堂が現れた。
「特に、あの佐々木って、コースケちゃんのこと可愛がってるみたいだぜ? ま、怒鳴り散らして、強引に引っ張り廻されるよか、優しい方がいいに決まってるさ、な?」
「…っるせぇんだよ! てめーは!!」
 河崎は思い切り壁を蹴飛ばした。
「あらら、壁、へこんじまったぜぇ?」
 茶化した後、藤堂は苛立たしそうに呟いた。
「……ったく、肝心な時には、肝心なことも言えないで、ガキが!」


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