誰にもやらない19

back  next  top  Novels


 これっぽっちも予測していなかった事態に直面し、浩輔は河崎の腕の中で必死にもがく。
「何だよ、ちょこまか懐いてきたのは、俺に気があったんだろ?」
 河崎は浩輔の抵抗をうるさそうに封じた。
「出発までには支度しとけよ」
 翌朝、気絶したまま泥のような眠りから現実に引き戻された浩輔に、何食わぬ顔で河崎はそう言い残して部屋を出て行った。
 呆然と、浩輔はしばらく頭の中が真っ白で、痛みとだるさで身動きすらできなかった。
 セクハラなんて言葉は自分とは無関係だと思っていた。
 どうして自分がこんな目にあわなければならないのだろう。
 しかも、信頼し、必死でついていこうとしていた上司に裏切られるなんて。
 浩輔は洗い浚いぶちまけて、会社なんか辞めてしまおうとさえ思った。
 だが少し冷静になって考えてみると、親戚のコネにすがって入った会社だ、そんなことができるはずもない。
 当然親も適当な理由では納得しないだろう。
第一事実を言ったとして誰がまともに聞いてくれるだろうか。
 シーツを握りしめる浩輔の目じりから涙が零れ落ちた。
 あんなことは酒に酔った河崎がちょっとはめを外しただけの戯れだったのだと必死にその記憶を追い払い、仕事に没頭しようとした浩輔だが、河崎の戯れはそれだけでは終わらなかった。
 それからも河崎は、浩輔の思いなどおかまいなく強引に引きずり回し、浩輔の痩せた身体を力でねじ伏せた。
 一方では、相変わらず数多の女たちと浮き名を流しながら、当然のように浩輔を自分の部屋に連れ込んだ。
 罪悪感など微塵も窺えない。
 不条理に、浩輔は唇を噛むしかなかった。
 さらにある時、自分が「河崎達也のお稚児さん」などと社内で噂されているのを知り、浩輔は愕然とする。
 ドジ、マヌケ、ノロマ、と罵声を浴びせられながらも河崎につき従う浩輔を、周りの人間たちはバカだと影で哂笑った。
 そして自分に向けられるようになった女性社員のきつい視線。
 その中心的存在が、重役の娘だという松井さやかだった。
 刺を持つバラというにふさわしい華やかな美女。
 彼女が河崎を振ったとか、河崎に振られたとか言われていたが、社内では最も河崎に近しい距離にいる女性だった。
「達也の新しい女知ってるか?」
 報告書をまとめている浩輔の傍らにきて、わざわざご注進に及ぶ男もいた。
 達也の悪友でマーケティング部に所属する藤堂義行だ。
 嫌味タラタラ浩輔をからかう藤堂は、河崎とK大の同期で、河崎とは負けず劣らずのルックスに加え、仕事でも華々しさを競っていた。
「今をときめく売れっ子モデルの阿川マリだぜ。今回はコースケクンの地位も揺らいじゃうな。ウカウカしてっと」
 どんな地位だか、と浩輔は思う。
 聞こえよがしな台詞をはいて部署を出ていく藤堂の背後から、女の子たちのクスクス笑いが零れる。


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ