誰にもやらない3

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    act 1
 
 
 年が明けてからの浮かれ気分もどこかへ去り、やがて二月に入ろうという東京は、冬将軍の虫の居所がよほど悪いのか最高気温が五度前後の毎日が続き、加えてあからさまな景気の低迷が庶民の懐の寒さにも拍車をかけている。
 しかしここ、広告代理店ジャスト・エージェンシーでは、極寒にあえぐ巷の空気も何のその、楽しい週末のスキーツアー計画が進行中だった。
「スキーのメンバー、決まりましたぁ。スケジュール表でぇす」
 楽し気にデザイン部に現れたのは営業部の池山直子は、可愛いイラストつきで作られた週末のスケジュール表を浩輔のデスクに置いた。
「わぁ、コースケちゃん、このコ、きれーな色! 海の底の熱帯魚色って感じィ」
 ついでにデザインボードの猫を、ふんわりアンニュイな物言いで浩輔の肩越しに覗き込む。
 ウェーブがかった栗色の髪と黒目がちの目、たまに帰りがけにメタルのライブに行く時のゴスロリ風に決めた彼女はまるでビスクドールの雰囲気だ。
 その外見に反して、祖母にしっかり礼儀作法を叩きこまれたという直子は冠婚葬祭から季節のやりとりまで会社の誰よりも詳しく、昨今の電話応対もできない若者とは一線を画して頼りにされている。
「そっかぁ、熱帯魚色かぁ…」
 浩輔はしみじみ自分の描いた猫を見つめた。
 浩輔の現在の仕事はペットフード会社のパンフレットのデザインである。
どちらかというと、タブレットではなく直にパステルや水彩を使う方が好きな浩輔は、イラストなどの場合大抵直書きだ。
「ナオ、こんな色のウェア、ほしいなぁ。ね、コースケちゃん、ボード持ってる?」
「ボードは持ってないよ。何年か前のスキーセットくらいしか」
「ボードも面白いよ? 揃えるんならナオが一緒に行ったげる」
「ボードかぁ」
 一七〇をちょい超えた程度の身長といい、薄っぺらい身体つきといい、自分でも貧相この上ないと思うのだが、年齢より若く見える上に造作も可愛い浩輔は、社内の女の子たちからイジラレ的地位にある。
「いつもいつもお気楽でいいよな」
 後ろのデスクでは古株のスカシ野郎、と、女の子たちの間で認識されている稲葉がブツブツ口にした。
「おーい、できたかぁ? コースケちゃん」
 間延びした声と共にそこへやってきたのは、初対面なら思わず目を奪われずにはいられないだろう美貌の主だった。
 デザイン部チーフ、アートディレクター兼プランナーの佐々木である。


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