誰にもやらない31

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 汐留は東京の観光名所のひとつであると同時に、建ち並ぶ超高層ビル群がヒートアイランド現象の要因となっているともいわれている。
 そのビル群の中のひとつが、大手広告代理店英報堂本社ビルである。
 吹きさらしの夜のオフィス街は静まり返っていた。
佐々木は英報堂の駐車場に愛車を滑り込ませた。
どのくらいたったろう、運転席で腕組みをしたまま宙を見据えていた佐々木は、女の甲高い声に振り返った。
 やがて派手な女を連れて男がエレベータから現れた。
「これは奇遇やな、河崎さん」
 佐々木はその男の前に立ちはだかった。
 どう考えても、スキーの時のパーティといい、今回の横やりといい、河崎が故意に仕掛けてきたとしか思えなかった。
 それより可愛い浩輔を悩ませているらしい元凶にどうにも我慢がならず、直接対峙して文句の一つも言わないことにはおさまりがつかなかった。
 たまたま近くで打ち合わせをした知り合いのモデルから、今夜、河崎が使っているタレントと一緒に英報堂にいるらしいと耳にしたのだ。
「ふん…きさまか?」
 河崎は佐々木を見てほくそ笑む。
「いつもステキな女性が傍にいて、ほんま、羨ましい限りや」
 プロポーションだけの女やなと、佐々木は心の中では毒づく。
「何の用だ?」
 女の肩を抱いたまま、河崎はふてぶてしい貌で聞き返した。
「あんた、猫、どないした?」
「猫? 猫がどうしたって?」
 佐々木は、河崎は浩輔の心配している猫のことなどとっくに忘れているのだと解釈した。
「どういうつもりか知らんけど、とにかく、これ以上浩輔にちょっかい出さんといてぇな」
 怒鳴りつけたいところを佐々木は極力抑えて言った。
「そんなことを言いに、わざわざ来たのか?」
 河崎はせせら笑う。
「そら、浩輔はウチの大事なデザイナーやしな」
「ウチのじゃなく、きさまの、じゃねーのか?」
「わかってるんなら、了解して欲しいもんやな」
 河崎の目が眇められる。
「俺は、他人に口出されるのが大嫌いなんだ」
 河崎はコートを翻し、女を助手席に乗せると、佐々木の前から走り去った。
「ほんま、食えないヤツや。しかし、どういうつもりなんや、あいつ」
 問題は河崎より浩輔だ。
 昼間の浩輔の態度を思い起こし、佐々木は舌打ちする。
 あんな切なげな目で河崎を追っているのを見れば、嫌でもわかるというものだ。
 佐々木はしばらく腕組みをして考え込んでいたが、やっと自分の車に戻り、エンジンをかけた。


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