誰にもやらない44

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 入れ替わり立ち替わり、その男のところへスタッフがやってきては散っていく。
「あ……」
 さっきのカフェで見かけた眼鏡のエリートも、男の指示を仰ぎながら動いていた。
 浩輔の脳裏に、かつての情景がオーバーラップする。
 何度もそうやって男の指示を仰ぎながら走り回っているのは眼鏡の男ではなく、浩輔自身だ。
 どんなに怒鳴られても、難題をふっかけられても、少しでも近づきたくて、置いていかれないようにくらいついて。
 男が自分の目指す世界を作り出すのを、ただそうやって見ていたかっただけだ。
 河崎さん………。
 ふいに、浩輔の心の声が聞こえたかのように、男がこちらに顔を向けた。
 そしてきつい視線が浩輔を捕らえる。
「浩輔、帰るで」
 その視線を遮るように佐々木の腕が浩輔の肩を抱き、夢から覚めるように我に返った浩輔は撮影現場をあとにして、佐々木が停めたタクシーに押し込まれた。
 
 
 
 
 朝から冷たい雨が降っていた。
 二月も終わりに差し掛かり少しばかり暖かくなりかけた東京は、昨夜からの寒気団の南下でまた真冬に逆戻りしていた。
 目下のところジャスト・エージェンシーは、浩輔が持ち込んだ思いがけない仕事のお陰で、お寒い世の中に逆らって活気づいていた。
 佐々木の予想通り、番組CMの話はC社も即断し、プロジェクトはすぐに動きだし、浩輔はデザイナーセクションを超えて、営業の土橋がアシスタントのように手伝わせているので、時折、「そろそろコースケちゃん返して」と、佐々木と取り合いになるなんてことまで起きている。
「お疲れ!」
 佐々木の音頭でグラスが合わさった。
 夜の九時を回った頃、イリュミネとその一行は佐々木御用達の居酒屋に繰り出した。
 イリュミネの都合でのびのびになっていたスポットCM完成の打ち上げが済んで、その二次会である。
 翌日出張を控えている土橋は早々に帰ってしまったが、佐々木や浩輔とイリュミネのメンバーのみが残って騒いでいた。
「そういえば、前にバーで会った時さ、河崎となんか険悪だったじゃん。コースケちゃん、河崎と喧嘩でもして辞めたわけ?」
 しばらくイリュミネの最近のライブの話で盛り上がっていたが、隣に陣取ったキョウヤが切り出した。


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