誰にもやらない52

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「うん。プレミアのハーネスの打合せ」
 浩輔はジャケットを掴んで会社を飛び出した。
 その時財布が落ちたのに気づかなかった。
 大通りに出た所で、「コースケちゃーん!!」と、背後から直子の声がする。
 息を切らせて追いついた直子は、ハイ、落し物、と浩輔に財布を差し出した。
「ワリィ」
「ファイト! コースケちゃん」
 直子が拳を突き出してみせる。
 浩輔は笑い、地下鉄の駅に向って歩き出した。
 駅の階段の傍まで来たところで、バタン、と荒々しく車のドアが閉まる音がした。
「それでやっぱり、今度は優しい上司の佐々木さんに鞍替えするんで、達也を捨てたのか?」
 振り返った浩輔は思わず身構える。
「藤堂さん…」
 藤堂は浩輔の首にガシッと腕を回し、動きを阻んだ。
「捨てたとか…って…何言って…んです? 今さら俺をおちょくって何が面白いんです?」
 冗談じゃない、どんな思いで河崎から離れたかと、いきなりの藤堂の言いがかりにさすがに浩輔も腹が立った。
「事実だろーが? お前、二年前、達也がニューヨークから戻ってどんな気持ちだったか、考えたことあるのか?」
 一瞬、浩輔は言葉を無くした。
 自分がいきなり消えたら河崎はどう思うだろう、何度も何度も考えたことだ。
 『根性なしめ!』と河崎はきっと俺の机を蹴飛ばすんだろう。
「根性なしの、役立たずの部下が尻尾を巻いて逃げ出したと、軽蔑したんでしょう?」
 そう言い放った浩輔を、藤堂は離した。
「……お前は、結局そんなことしか考えられない奴だったってわけか」
 浩輔は藤堂の態度の意味が理解しがたくて苛ついた。
「だから、何がいいたいんです? 俺はどうせその程度のヤツです。おかしな偶然で出くわしましたけど、もう関係ありませんから!」
 踵を返そうとする浩輔に、藤堂は追いすがり、「ちょっと、待てっての!!」と、無理やり振り向かせた。
「達也のやつ、もう、手がつけられねーんだ…今も、馬場を殴って謹慎くらってる。どうしてだかわかるか?」
 浩輔は目を見開いた。


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