誰にもやらない53

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「今まで、仕事だけはまともだったから、まだやってこれたんだ。その仕事をほっぽり出したら、やつにはロクでもない性根くらいしか残らねーんだよ」
 珍しく勢いのない藤堂に、浩輔は戸惑った。
「自分のこととなるとてんで不器用な奴なんだ。あのな、田口綾乃のことだってな、あれはお前を盾に脅されて不承不承付き合ってたんだ」
「え……?」
「お前との関係をばらされたくなけりゃなんて、綾乃は奴に結婚まで迫ってた。お前が逃げ出したんで、綾乃をぶん殴って終り。全く、女を殴るなよなって俺は言ったんだが……」
 まるで寝耳に水の話だった。
「ネコ、お前、覚えてるか? チビスケだよ」
 浩輔は大きく頷いた。
「前なんか、チビスケの様子がおかしいから、医者に連れて行けって大騒ぎだった。それも、真夜中にわざわざ俺をたたき起こしてだぞ?」
「チビスケ、まさかまだ、河崎さんとこに?」
「まさかも赤坂もねーんだよ! いいか、達也が出張の時なんか、俺はペットシッターまでやらされるんだぞ?」
 思ってもみなかった。
 浩輔は呆然としたまま、突っ立っていた。
 すると、「おっと、このブルブルは…」と、おどけながら、藤堂はコートのポケットから携帯を取り出した。
「おう、達也、え…チビスケが? わかった!!」
「チビスケって…」
 浩輔は不安そうに藤堂を見つめる。
「達也だ! チビスケの様子がおかしいって、狼狽てるんだ。俺はこれから行くが、お前はどうする? まあ、どうしてもいやなら、仕方がないが」
「連れてって下さい!!」
 いても立ってもいられず、浩輔は叫んだ。
 この際嫌みな藤堂だろうと誰だろうとかまっていられない。
 藤堂が麻布にある高級マンションの前で車を停めるなり、浩輔はナビシートから飛び出した。
 随分久しぶりの河崎のマンションだが、指は入口の暗証番号を覚えていた。
 エレベーターに乗り、懐かしい部屋のドアフォンを押す。
 その間、藤堂がついてきていないことさえ、考える余裕はなかった。
 ドアフォンを何度か鳴らして待っていると、人の近づく気配がした。


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