誰にもやらない64

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 明るい日差しが眩しくて、浩輔は思わず手で目を覆った。
 疲れ切っていつの間にか眠ってしまったらしい。
 停電もいつしか回復していた。
「メシだぞ、起きろ」
 陽の光とコーヒーの芳しい香りに起き上がった浩輔は、ベッドに置かれたトレーの上に並ぶものを見て驚いた。
 フレンチトーストにグレープフルーツ、スクランブルエッグ。
 思わず目を擦りたくなる。
「これ、河崎さんが?」
「俺だってこのくらいはできる!」
 威張って言う河崎は、いつも朝食は決まってコーヒーだけだ。
 浩輔もコーヒーを飲んで飛び出し、コンビニで買ったパンを会社で噛るのが最近習慣化していた。
 休日は惰眠を貪り、昼頃に起きて近くの店でブランチを取るというのがパターンだ。
 そういえば、スキーに行った時、佐々木がフレンチトーストを作ってくれたなんて、河崎の前でつい口を滑らせたっけ。
「うまいか?」
 河崎はコーヒーの入ったマグカップだけだ。
「すんごい、うまいです」
 ひたすら幸せそうにトーストをほおばる浩輔に嘘偽りはない。
「河崎さんはもう食べたんですか?」
「いや、一口食わせろ」
 と、浩輔が口に持っていこうとしたフォークの先の一切れをパクリ。
 昨夜の苦みばしった河崎の表情が随分柔らかなものに変わっているのに気づいて浩輔は笑う。
「でも、夕べ、仕事、忙しかったんじゃないんですか?」
「ああ、いいんだ。ゆーのーなのが、代わりにやってくれてるから」
「三浦さん……」
 紹介されてから何度か顔を合わせたが、いかにも仕事ができそうな三浦を思い起こして、途端に浩輔はフォークを持った手を止める。
 そういえば、三浦さんも新しい会社のメンバーなんだ。
「どうした?」
「俺……、ほんとは三浦さんみたいに、河崎さんに有能な部下だ、なんて言われたかったんだ……」
「バカか、お前は」
 河崎に即答され、浩輔は唇を尖らせる。
「バカです。どうせ、俺なんか…」
 河崎がカーテンを引くと、窓の外は素晴らしい暴風雨だった。
 だが、ところどころ晴れ間が見える。
 音が聞こえないので不思議な光景だ。
 ぼんやり窓の外を見ていると、河崎がベッドに腰を下ろし、その腕が浩輔を抱きしめる。
 ついで振ってくる熱いキスに浩輔の息が止まる。
「お前はお前でいいんだ」
 そんなセリフに泣きたくなってしまう。
 ドラマチック過ぎるけど、どうか、この大きな腕が、嵐の中の幻想ではありませんように―――。
 そっと心の中で呟いた浩輔の願いが聞こえたかのように、河崎はもう一度ゆっくりと唇を寄せた。

おわり


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