そもそも、こんな海千山千のダーティなもろ一般人とはかけ離れたオヤジと、野球小僧でごくごく一般人な自分との取り合わせってのが、考えてみると実に奇妙な話なのかもしれない。
どう考えてもこんな男の相手には華やかな業界人か、でなくても桜木ちゆきのような才色兼備ってとこだろう。
桜木ちゆきの写真は、工藤の同期である弁護士の小田の事務所で見せてもらったことがある。
はっきりした面立ちの美人で、工藤の隣で幸せそうに笑っていた。
そう、工藤もまた良太が見たこともない穏やかな表情をしていたのだ。
俺なんかでは、工藤にそんな風な顔をしてもらうことはできないだろうけど。
ひょっとして唯一それができるかもしれない小林千雪はあの男が離そうとしないし。
ま、考えてもしょうがないっか。
だって、今ここにいるのは俺で。
昔っから、俺の取り柄は一生懸命ってだけなんだからな。
その時、無粋な電話が良太の切ない思いを遮った。
「ああ、おはようございます、坂口さん。ええ、午後の便です。わかりました、十二時に下のブフェ・レストランですね」
工藤は携帯を切ると、腕時計を見た。
「十一時半か。ランチでもうちょい話を詰めたいらしいが、お前はどうする?」
「え、行きます。コーヒーだけでいいですけど」
ちぇ、お蔭で時間ないじゃん。
心の中だけでぶーたれながら、良太は立ち上がった。
部屋を出る前に工藤と今後のスケジュール確認をする。
坂口のドラマが入ってくるとなると、尚更工藤の忙しさに輪がかかりそうだ。
「この辺り、レッドデータアニマルのドキュメントとの調整が必要になりますよね」
「お前は今のドラマが終わったら少しは空くだろう、その都度で変わるからな、そのつもりでいろよ」
「はあ、わかりました」
スケジュールを確認するとタブレットをバッグに仕舞い、東京への土産の袋をデスクに置き忘れそうになって、良太は慌てて持ってくる。
「あ、すみません、もう大丈夫です」
てっきりドアを開けるのだろうと工藤の後ろに駆け寄った良太は、灯りの消えた中、唐突に唇を塞がれて、一瞬頭の中が真っ白になる。
ようやく離してくれたものの、朝とは思えないキスと良太の首筋に触れた工藤の指のせいで、昨夜散々工藤に翻弄された身体が無条件に反応しそうになる。
コノヤロー! 夕べっからやたらエロいし、何だよ、さっきのキスは! 俺で遊びやがって!
顔を真っ赤にした良太は少しうつむきがちに工藤の後ろからエレベーターに乗り込んだが、思い切り工藤の背中をどつきたくなった。