たまっていた書類の作成を一気に終えた良太は、画面の時刻を見て手を止めた。
「鈴木さん、もう十二時ですよ。お昼、どうします?」
鈴木さんも、あら、と我に返ったようにパソコンから顔を上げた。
昨日は鼻炎の薬を飲み忘れて、一日中体調が悪く仕事がはかどらなかったらしい鈴木さんは、午前中良太に同調したように言葉もなくひたすらキーボードを叩いていた。
「今日はお昼持ってこなかったから、何か買ってくるわ」
「だったら、俺、ちょっと気分転換したいし買ってきましょうか、お弁当、何がいいです?」
「じゃあ、『マルネコ弁当』さんの今日のおススメランチ、お願いしよっかな」
「あ、いいっすね、安いのに量多いし美味いし」
暖かい午後だった。
少し先にある小学校や中学校には初々しい新入生たちの声が響くし、通りを歩く中にもどこぞの新入社員だろう顔が笑っている。
そんなシーンに触れる四月は良太も少しばかり気分が高揚する。
一年ほど前に一つ通りを入ったマンションの一階にできた弁当屋は四十代の夫婦がやっている。
すっかり馴染みになった鈴木さんがそこの奥さんから聞いた話だと、ご主人は脱サラで、どこか大きな会社の役付きだったという。
だが誰に対しても腰が低くにこやかで、愛猫をモデルにした看板やマルネコという屋号が評判を呼び、SNSで拡散してわざわざ遠くからやってくる客もいるらしい。
なんだかあの夫婦を見ていると、良太は自分の両親に雰囲気が重なる気がした。
人のいい父親に寄り添うこれまた気のいい母親は、何をしていても楽しそうに生きている。
どちらかというと良太も状況に応じて馴染んでしまう方だから、家族で唯一しっかり者の妹亜弓が時々みんなに喝を入れてくれるので何とかなっているのかもしれない。