花を追い39

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 低層階の高級マンションは周りを樹木に囲まれ、人のいる気配さえ感じさせない。
ホテルのようなエントランスの前に車を横付けして良太はエンジンを止めた。
「せっかくだから、お茶でもどう?」
 宇都宮はドアを開けながら良太に言った。
「あ、いえ、本当に今日はごちそうさまでした」
 良太は丁寧に断った。
「そっかあ、良太ちゃんに振られっぱなしだな〜。良太ちゃんといると何か和むんだよねぇ。今夜も寂しいよオジサンは」
 笑みを浮かべて宇都宮は言い、「じゃ、今度またうちで鍋でもしよう。ありがとう。気をつけてね」と念を押すように言った。
「あ、はい、失礼します」
「工藤さんはやっぱ怖いしね…」
「え、何ですか?」
 宇都宮の小さな呟きは、良太にははっきり聞き取れなかった。
「いや、何でも」
 宇都宮はにっこり笑った。
 良太はエンジンをかけてエントランスを離れたが、手を振って見送る宇都宮がミラーに映っていた。
「何か、宇都宮さんって、懐こい人?」
 ホテルの部屋へ行こうだの、一緒に旅行に行こうだの、お茶でもって部屋へとか。
まるで誘ってるように見えたぞ。
 あの、艶やかなバリトンで耳元で囁かれたら、女子ならイチコロ?
 いや……………………………まさか、ね。
 宇都宮と一緒に旅というのもいいかな、などと思ってしまうほど、居心地がいいのはむしろ宇都宮の方だ。
 だが実際のところ、花を追う旅の話をしていた時に、一緒にと誘ってくれた宇都宮には悪いが、良太の脳裏に勝手に浮かんだのは工藤が花を見ている情景だった。
 遠くまで花を追わなくても、軽井沢の桜とか、工藤もたまに見てやればいいのに、などと思ったのだ。
 煌びやかな街のずっと向こうの方に月がぽっかり浮いている。
 ここのところの工藤は何か殺伐としている気がして、花を見上げるくらいのほんの少しのゆとりがあればいいのにと、良太は異国の地を闊歩している男に思いを馳せつつアクセルを踏んだ。。


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