十時の便だから遅くても八時には出た方がいいのだが、まだかかるのだろうかと鏡を見ながら手を洗っていると、廊下で声が聞こえた。
「終わったのかな」
誰もいないのでつい口にしながら良太がドアを開けようとした時、「工藤さん」という声がした。
「何だ?」
咄嗟にドアを閉めてしまったのは、工藤を呼んだのが、件の本谷だったからだ。
近づいてきた足音に、思わず良太は個室に入る。
「おい、何も隠れることないし……」
一人突っ込みをしているとトイレのドアが開いた。
入ってきたのは一人ではないらしい。
用を足して、手を洗う音がした。
「あの、俺……」
今いるのが工藤のような気がして、何となく出て行くタイミングを逃した良太がいつ出て行こうか考えているうちに、声がした。
本谷……?
「ほんとに今回色々言ってもらって、すごく勉強になりました。俺、ちゃんとお礼、言いたくて」
「当たり前のことをしているだけだ。礼を言われるような筋合いはない」
少し響く低い声に隠れている良太はドキリとする。
よもや久しぶりに生で聞いた工藤の声がトイレの中とは。
それにしてももちっと言いようがあるだろ、筋合いはないとか言われたら立つ瀬がないじゃん。
心の中で工藤に文句を言った良太だが、次の台詞に思わず固まった。
「あの…………俺、あの、工藤さん……が、好き、なんです! そのただの好きってんじゃなくて……」