ほんの少し届かない 14

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「なんだかなぁ」
 そうだった、カップ麺を食べるんだった、と良太が何度目かのため息とともに立ち上がったちょうどその頃、工藤は老舗の大手化粧品会社『美聖堂』の社長斎藤とその取り巻きとともに、銀座にある会員制クラブになだれ込んできたところだった。
「良太ちゃん? こっちに呼べばいいのに」
「今夜はうちの忘年会だったんだ」
 隣でグラスを傾けているのは工藤ともども忘年会に呼び出された山内ひとみだ。
 斎藤と工藤、そしてひとみとはもう十年程前からのつきあいになる。
 工藤がプロデュースしたドラマにひとみが主演し、その際、工藤が『美聖堂』に足しげく通い、スポンサー契約を結んだ。そのドラマが当たって、社長の斎藤直々にひとみと一緒にゴルフに誘われて以来、何かと言うと呼び出される。これが昔気質のワンマンなところのある社長で、気に入られると気前よくどーんと協力してくれるのはいいのだが、一度つき合うととにかく引っ張りまわされる。
 今まで工藤もひとみも斎藤を嫌いではないものの、仕事にかこつけてそれを極力かわしてきたのだ。
「あらあ、じゃあ、良太ちゃんに何もかも押しつけちゃったわけ?」
「うちに人員がいないのは知ってるだろうが。俺は戻るつもりでいたんだ」
 工藤は苦々しげにグラスを傾ける。
「まあねえ、アスカのCM当たっちゃって、社長、ホクホクなのよ。次のクールのドラマ、美聖堂メインなんだし、しょうがないわねぇ、とことんつきあってあげなさいよ。寂しいのよ、きっと社長、一人娘を嫁がせちゃって、高広のこと自分の息子みたいに思ってんじゃない?」
「バカ言え」
「そういえば、アスカの母親なんてよしてよね、キャスティング、叔母でいいわ、叔母で」
「脚本変えるつもりか?」
「あら、そのくらい高広がいつもやってることないじゃない」
 工藤はまた眉をひそめる。
 確かにひとみを主役のアスカの母親にするにはちょっと可哀相な気もするが、また気難しい脚本家にそれを進言するのは気が重い。若い頃なら、ちょっと脅しめいたことも平気で言って強引に変えさせることもあったのだが。
 ここはだが、ひとみの機嫌を損ねてドラマを台無しにするよりはいいだろうと考える。
 もともと母親の設定は原作ではなかったが、ひとみを気に入っている斎藤から彼女を出演させたらどうかという提案で登場したものだから母親でも叔母でも何とかならないことはない。
「どうだ、そろそろ君らも年貢をおさめたら?」
 ボソボソ話している二人に、唐突に斎藤が声をかけた。
「は?」
 何のことだと、工藤が斎藤を見やると、ほろ酔い加減の斎藤が豪快に笑う。
「長いつきあいだろう、いい加減結婚に踏み切ったらどうだね? ん? ひとみくんも工藤くんもいろいろと過去にはあったかもしれないが、やっぱりお互いが一番、てとこじゃないのかな?」
「いやですわ、社長。今更ですって、ほら、私たちつきあいが長すぎて、それこそお互い空気みたいな存在って感じで、結婚のけの字も出てきやしませんわ」
 一瞬の沈黙を破ってひとみが軽く、それでもはっきりと訂正する。
「ちょっと、高広も何とか言いなさいよ」
「あ、いや…」
 肘で小突かれてもあまりに範疇外の話題に、返すべき言葉が咄嗟に出てこない。
「くされ縁というだけで、お互い結婚などとはかけ離れた存在ですから」
 ロマンスグレイの斎藤は「そうかね」とソファにもたれて二人を眺めながら、「まあ、いいさ。結婚というカテゴリーにはめなくてはならないものでもないからな。今の世の中」と、彼にしては通りのわかった言い方をした。
「うちの娘は二十四で嫁いだが、あとになってそんなに焦らなくてもよかったんじゃないかと思ったりね。婿殿は二十六だし、二人とも早いという年でもなかったのだが…」
 今度は愚痴っぽい話になりそうだった。
 早いという年でもない、か。
 良太も二十六だったなと工藤は思う。
 焦らなくてもよかったなどと言いながら、斎藤は娘の結婚を涙を浮かべて喜んでいた。
 親ならそんなものだ。
 良太の親も当然、いつかはと期待しているだろう。
『お兄ちゃんには将来があるんです!』
 良太を怪我させた事件で、妹の亜弓が工藤に投げつけた言葉がふいに蘇る。
『おにいちゃんにだって、これから結婚したり奥さんや可愛い子どもと、ささやかでも幸せな家庭を作る権利はあるんです』
 こんな時工藤は考えざるを得ない。それこそヤクザな自分についてきたところで、良太にどんな将来を与えられるというのか。
「ちょっと、高広!」
 再び肘鉄をくらったのは、ようやく斎藤から解放された帰りのタクシーの中だった。工藤が送るからとひとみのマネージャーの須藤はクラブに入る前に帰した。
「聞いてるの? 高広」
「……何だ」
 振り向きもせずに不機嫌そうな声を出す。


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