ほんの少し届かない 16

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     act 6

 
 ドキュメンタリー番組『知床』の編集作業は世の中が風が吹いても晴れていても土砂降りでも続いていた。
 仕事から離れればバカをやっているスタッフも仕事にはとことん妥協しない連中である。普段、物臭そうに歩いている優しげなヤギのような風貌の下柳からして、時たま別人のように眼が血走っている。
 時間がある限り、良太もスタジオに詰めているのだが、青山プロダクションにとって年末最大の行事である忘年会は終わっても、あとは仕事納めまでほとんど休みなしでスケジュールが詰まっている。
「まず二十三日だが、ええ~もし、平岩の球団が決定すれば冒頭のフィギュアショートプログラムの前に持ってくる、と。そのあと三冠王関西タイガース沢村選手を迎えてのインタビュー」
 ディレクターの殿村が念を押すように言った。
「しかしポスティングで西垣もMLB挑戦とはねぇ、プロ野球も何だか淋しくなるなぁ」
『パワスポ』も年末年始には特番を予定している。
「でもほら、甲子園で活躍した若い力が入ってきますから」
 根っからのプロ野球好きである殿村がしみじみこぼすのに、良太が励ますように言った。
「あっちでもこっちでもMLBだか、夢だ何だとひょこひょこ行っても、どうせメジャーに上がれねぇで戻ってくるのが関の山だろ。ポスティングっつっても、やれていいとこ一年ってやつだな。。松坂やダルあたりならまあ、わからないでもないが、何か勘違いしてるやつが多いんじゃねえの? がんばって下さいなんつって流しても、来年の今頃は名前出すのも気の毒みてぇなもんでさ」
 相変わらずの皮肉屋、シナリオライターの大山が言いたいことを言う。
「でも夢を追うのはその人自身だし、周りが口を挟んでも意味がないと思います」
 つい、また良太は言い返す。
「おお、もと野球少年の良太ちゃんは自分ができなかった夢を彼らに託したいってやつねん」
 茶化して言う大山に、食って掛かりたいのは山々だったが、打ち合わせをそんなくだらないことで伸ばしたくはない。
「確かに、プロなんてのは夢を追うからプロってんだろうね」
 いつものように殿村の助け舟が入る。
「広瀬くん、年明けの特番、『トップアスリートに聞く』沢村選手と銀盤の妖精上原由衣の対談、問題ないよね?」
 制作部長が聞いた。
「あ、ええ、それはもう沢村選手本人にも再三確認済みです。上原さんサイドに伝えたところ、こちらもすごく喜んでましたから、よろしくお願いします」
 日本のフィギュアスケートを牽引するトップスケーター上原由衣が同じ大学のOBである沢村のファンだということで二人を対談させようという企画になった。
 結局、沢村との交渉はお友達である良太に一任され、番組のあと飲みに行く約束で沢村からOKを取りつけた。
 まあ、その程度で出演を快諾してくれる三冠王とお友達であるということ自体、幸運なのだろうけれど。
「そういや沢村、ポスティングだMLBだって、前は騒いでたのに、すんなり契約更改しちまって、お前の夢はどこへ行ったんだって、お友達に聞いとけよ、良太ちゃん」
 打ち合わせが終わって会議室から出たところでまた大山が絡んでくるのをジロリと睨みつけ、良太は「お先に失礼します」とテレビ局をそそくさと出る。
 今年も優勝を逃した関西タイガースが三冠王を取った沢村を早々手放すはずもない。が、それだけでなくいつぞやMLBにポスティングで行く、新しいプロジェクトにお前を連れて行く、と喚いていた沢村は良太が断ってからどうやら路線を変えた。
 そんなことで路線変更するな! と、良太は沢村に食って掛かったが、沢村と来た日には、柔軟な姿勢は大事だ、とか何とか言ってごまかすのだ。
 もっともプロジェクトは既に動き始めているし、沢村も当然関わっているのだが、もう少しプロ野球に貢献するとばかりに、今回も確かに推定七千万円アップの三億五千万で一発サインした。
『ホクホクでMLBも吹っ飛んだか?』
 などと揶揄する記事も書かれたりしたが、自分でも事業を始めているし、もともと金銭がどうので動くような男ではない。
 ましてや沢村はええとこのボンで、母親の実家は三友産業の創始者という。
 いや、それより、『良太、お前が一緒じゃなきゃ行かない』なんてことが理由だなどとはさすがに記者も思いも寄らないだろうけれど。
「俺のせいにすんなよな!」
 良太はハンドルを握りながらそのことを思い出してつい喚く。
 いい加減、誰かに落ち着けばいいのだ。
 相変わらず超無愛想なくせに女子アナとかにはモテまくっているんだから。
「それにしてもあいつ、大和屋のモデルの話、妙にイチもニもなく引き受けたよな?」
 以前、実家のつながりで無理やり何かのモデルをさせられたとか言って怒っていたのに。
 ともあれ、大山の皮肉や沢村の戯言に関わっている場合ではなかった。
 せっかく久しぶりに工藤とお出かけの予定が入っているのだ。
 行く先は東洋商事、アポの相手は社長の綾小路紫紀。
 手土産は高級なものではないが、日比谷の芝ビルに入っている御菓子処『やさか』の和菓子。
『やさか』は小林千雪の幼馴染、黒岩研二の店だ。本店は京都にあり、研二は三代目になる。
 近年芝ビルのオーナーにその味を気に入られて日比谷に甘味処も兼ねた店を出したという。
 千雪の従姉にあたる紫紀の夫人小夜子も研二とは馴染みで、一度良太が綾小路の家に招かれた折、そういう話も小夜子から聞いた。
 最近出した最中が殊のほか評判だというので、昨日のうちに注文しておいた最中と和菓子を引き取ってから、良太は待ち合わせをしている芝浦の英報堂へと車を走らせる。


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