ほんの少し届かない 3

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      act 2

 
 どんよりと重い空のせいで四時を過ぎるともう暗くなりかけていた。
 会社の駐車場に車を滑り込ませてドアを開けた途端、良太は湿気を含んだ冷気に思わず肩を竦ませる。
 朝から降っている冷たい雨はまだやみそうになかった。
 工藤が戻っているかもしれないと階段を使ってまずオフィスに戻ったが、ひとりパソコンに向かっていた鈴木さんが眼鏡を外してお帰りなさいと迎えてくれた。
「寒かったでしょう」
「あ、ども! うう、あったかい~」
 鈴木さんが淹れてくれた熱いコーヒーを手にして、良太はほおっと一つ息を吐く。
「今日は静かねぇ、皆さんお忙しくて立ち寄る暇もないのね」
「でしょうね」
 昨日もあれから工藤は出かけたし、どうやら今日は顔を合わせることもないらしい。
 ちょっとだけがっかりしつつも、午後に電話でやりとりした時の工藤の声のトーンがいささか落ちていた気がして眉を寄せた。
 そういや、昨日疲れた顔してたな。怒鳴り声も少々迫力減? ってか、年、考えろよな~。
 コーヒーを一口すすりつつ、胸のうちで呟く。
 最近、いざという時は工藤も同行するものの東洋商事関係やミステリー作家の小林千雪関係の仕事はほぼ窓口を良太に移した格好で、お陰で仕事がぐんと増えた良太はぶーぶー文句を言っていた。
 だがその分また別の仕事を工藤は抱え込んでいるのだ。
「俺ももちょっと仕事できるようになんなきゃな」
「まあ、良太ちゃんは十分やってるでしょ。今日は暖かくして寝るのよ、風邪引かないように」
 少しばかり大きすぎた良太の独り言を聞きつけて、鈴木さんが言った。
「はい、気をつけますぅ」
 昔から自分に熱のあるのも気づかずに無茶をして遊ぶ子どもだった。それは未だに変わっていないようだ。突っ走って年に一度はひどい風邪を引く。特に冬の冷たい雨の日は要注意だ。
 でも、やっぱちょっとでも工藤の手助けしたいよな……
 やることはいろいろあるのだが、まだまだ工藤の片腕というには程遠い。それが良太には歯がゆいばかりだ。
 工藤のために何でもやりたいという、ただそれだけのことである。
 工藤と自分との関係をどう説明していいかわからないが、少なくとも良太は散々文句を並べつつも、浮き名の絶えない鬼社長に身も心も捧げまくってます、なのだからどうしようもない。
 良太の心のベクトルは工藤へ一直線なのだ。
「おー、ナータン、ただいまぁ~」
 八時を過ぎた頃、オフィスを閉め、コンビニで弁当を買って会社の七階にある自分の部屋に戻った。
 懐こい甘えん坊の猫は早速、会いたかった、とばかりに良太のズボンにスリスリ。
 ひょいと抱き上げるとナータンは良太の肩に止まって運ばれる。
 まず先にナータンのご飯を用意して、寝巻き代わりのスウェットに着替えると、湯を沸かしてテレビをつける。
 比較的早く帰れた時のパターンだ。
 弁当とインスタントの味噌汁にお茶を炬燵の上に並べ、足を突っ込んで食べ始めると、ナータンがすうっと膝の上に上がって落ち着いた。
 何かあったときのためにと会社の電話を自分の電話に転送しているが、今夜は緊急の電話もないし、静かなものだ。
 と思っていたら、電話が鳴った。
「はい、青山プロダクション!………ああ、かあさん、どしたの?」
 慌てて受話器を取ると、相手は待ち人ではなく、伊豆にいる母親からだった。
『ん、どうもしないけど、どうしてるかと思って。そろそろ風邪引く季節でしょう?』
「風邪引く季節って、俺だって気をつけてるよ。母さんたちこそ、気をつけてよ」
『だって、良太はいつも扁桃腺腫らして熱があるのに、野球行って、倒れて監督さんに運ばれて……』
「また、その話か、もう大人なんだし、そんなバカやんないって」
 そうは言いつつも、はたと会社に入って既に何度か倒れて病院に運び込まれていることを思い出す。
『こっちは平穏無事なんだけどね、こないだお父さんがちょっとぎっくり腰やって』
「えっ、大丈夫なのか? 親父」


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