ほんの少し届かない 4

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『ちょっと休んでのんびりさせてもらったけど、もうちゃんと仕事してるから』
「ほんとかよ。気をつけてよ、母さんも父さんも年を考えて無理しないでくれよ」
『あら、まだまだこれからよ。ふふ、大丈夫。それより良太こそ、ほんとに気をつけてね。ちゃんと食べてるの?』
「ああ、食べてるって」
『お正月はこっちこられそう?』
 どうやらそれが聞きたかったのだろう。
「ああ、ちゃんと休みもらって行くから。また電話するよ」
『そう? 待ってるわ。じゃ、おやすみ』
「おやすみ」
 久々の明るい母親の声に、何となくほっとして受話器を置く。
「さてっと、風呂でもはいろっかな~」
 良太はナータンを撫でながら、話しかけるように独り言を呟く。
 大抵はざっとシャワーを浴びて寝るだけだが、少し時間に余裕があるときは、バスタブに湯を張って入浴剤でも入れてゆっくりつかるのが、良太にとってはささやかな幸せなのである。
 もともと工藤が使うつもりだったのはこの部屋だったらしく、アメリカ製のバスタブも工藤に合わせて大きめだから足をのばしてもまだ悠々だ。
 タイル張りのバスルームに据え置かれたバスタブとトイレやシンクが仕切りがない欧風な造りになっているのも、工藤が混血であるという理由からではなく、工藤が育った横浜の家の造りが欧風だったからと、曽祖父母が亡くなってから工藤の面倒をみてきた平造がこのビルの設計を請け負った建築家にいろいろと注文を出したからだ。
 たまに工藤が使っている隣の部屋は、平造が使うようにと工藤がこのビルを建てるときに用意したものだが、軽井沢に腰をすえた老獪は自分にはもったいないと使う気配もなく、逆に忙しい時に使えるようにと工藤仕様に模様替えしてしまった。
 平造は今工藤の曽祖父が大事にしていた古い軽井沢の別荘を管理しながら一階の隅にある使用人部屋で寝起きをしている。
 直接工藤の曽祖父母と面識はないが、何とはなしに工藤の曽祖父母に対する思いをわかっていて、広すぎた横浜の家を税金対策のために手放す際、別荘は残した方がいいと進言したのも平造だ。
 その後、使う予定もなくしばらく放ってあったこの部屋を、良太が借りることになった。
 名目上社員寮だが、それにしても三千円で借りれるような代物ではない。三年前、ボロアパートからここに越した時、引越し業者が持ってきたものといえば、布団一式と今も使っている炬燵や猫グッズ、少々の衣類に本やノートの類だけ。それから増えた家具は、簡易ベッドにパイプハンガーやテレビ、ノートパソコンくらいなもので、高性能なシステムキッチンや広いバスルームと良太自身の家具とでは未だにちぐはぐだ。
 もっとも、大らかな母親譲りか、大抵のことにはすぐに馴染む良太は、高い天井の下で炬燵に温まる生活が結構気に入っている。
 和食を好むくせに、子どもの頃の習慣からか、工藤はカーペットの床に炬燵を置いている良太の部屋には何となく違和感を覚えるらしいが。
 高輪にある工藤のマンションやいつかクリスマスパーティに行った『プラグイン』の河崎のマンションなどとは比べ物にならないが、とにかく、バスルームにある大きめの窓からバスルームにつかりながら、ちょっとした夜景を楽しめるのも良太にとってはひとつの贅沢なのだ。
「俺ってお手軽ぅ…」
 いい加減、もっとまともなベッドを買ったらどうだ、とは工藤が再三言っていることだが、さすがに仕事で使うことを考えてスーツや靴などはいくつかそれなりのものを揃えたものの、ベッドはまだ使えるし、と良太は言い返す。
 ただし、良太一人ならだが。たまに工藤が良太にちょっかいかけようとしてもカーペットの上という状況になるわけで。
「わーーーっ! 俺の都合なんかおかまいなしなんだからな、工藤のオッサンはよ!」
 つい、過去の記憶が蘇り、誰が見ているわけでもないが顔を赤くして思わず湯でバシャバシャと顔を洗う。


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