ほんの少し届かない 8

back next  top  Novels


 
      act 4

 
 
 その日、世界自然遺産を追ったドキュメンタリー番組『知床』の編集作業で良太は下柳らスタッフと朝から一緒にスタジオに入っていた。
 ちょうど一休みだと下柳とスタジオを出たところで良太の携帯が鳴った。
『今年はイブのクリスマスパーティ、河崎んちでやるから、おいでよ』
 携帯の向こうから聞こえてきたハイテンションな声の主は、広告代理店『プラグイン』の藤堂である。
「イブですか~。今年はちょっと仕事がどうなるかわからなくて」
 番組は次の春にMBCで放映予定で、年末は詰めの作業のために予定を立てにくい。
『今回は大人な雰囲気でやるつもりなんだ。美味しいお酒やお料理やスイーツはもちろん沢山用意するし、軽く立ち寄ってくれたらいいよ。二十四日の夜から二十五日まで『サンタ’s Bar』ってとこ? 時間無制限ね』
 楽しいことを企画提供するのが大好きなイベンター藤堂は嬉々として言う。
「わかりました。時間見てお邪魔します」
『ああ、よかったら、『名探偵コナン』氏にも伝えといて』
 良太はつい笑ってしまう。
 昨年のイブ、たまたま居合わせた千雪もまとめてパーティに連行されて、その時藤堂の中では、千雪の処々の事情から『名探偵コナン』としてインプットされたらしい。
「え~、『コナン』氏は、どうもイブはご旅行みたいですよ、恋人と」
 千雪はあの藤堂さえ魅惑してしまったのかもと、深入りしないうちにと釘を刺すつもりで、恋人、とつけ加えた。
『へえ、コナン氏の恋人か、さぞや美人だろうなぁ、あの御仁を相手にするとなれば。う~ん、どうせならカップルできてもらいたいところだが、旅行なら仕方ないな』
 案外あっさりした解答だ。やぱり藤堂、常人には計り知れない男である。
 千雪がイブに旅行という情報はアスカからだ。
『毎年京助が強引にユキを連れて雲隠れするのよ、イブには』
 面白くなさそうにアスカが言っていた。京助には初っ端からあまりいい印象を持っていないので、心情としては良太もアスカ寄りだ。
 忙しい二人のことだ、想定外の仕事が飛び込んでくることもあるらしい。それがたまたま去年のことだった。
『時間があればイブのパーティ、工藤さんも誘っておいで。そうそう、週末の忘年会にはまたお邪魔させていただくからね。今年は何が当たるか楽しみだなぁ』
 おっとそうだった、と藤堂の電話が切れたあとで、良太は年末にかけてのさまざまな雑事のことを思い出してぞっとする。
 その第一弾が毎年恒例の取引業者を招いての忘年会だ。
 会場はいつものように会社の五階にあるリラクゼーションルームで、パーティや接待のために設けられたフロアは、ホテル並みの設備が施してある。
 イタリア製のソファやテーブル、フロアスタンドといった家具や厚い絨毯、照明からバーに至るまでシックで重厚な雰囲気で統一され、なかなか居心地のよいスペースだ。
 ただ、今年はセッティングをサービス業者に任せることになってはいるものの、取り仕切る責任者は良太である。料理は老舗ホテルのケータリングサービスを随分前に予約してあるが、派遣されてくるボーイには俄か仕込みの学生バイトなどがいたりするので、気を配る要素は多分にある。
 工藤さんも誘っておいで。
 ふと良太の頭の中に藤堂の言葉が舞い戻る。
 あれって、別に意味はない……よな?
 二十四日は工藤、名古屋だっけ。藤田自動車の会長と会うって。
 世界の自動車産業を牽引するグローバル企業に成長したフジタ、その立役者である藤田栄治郎会長と工藤は東洋商事社長綾小路紫紀とのゴルフの際に顔を合わせ、何でも藤田がえらく工藤を気に入ったとかで、この冬スポンサー契約を取りつけたところだ。
 何時に戻るかもわからないしな。
「なんだい、彼女からイブのデートのお誘い? いいよ、抜け出したって。せっかくのイブなんだし」
 美味そうに煙を吐き出しながら、良太の電話のようすを見ていた下柳がにこにこ。
「違いますって。『プラグイン』の藤堂さんですよ」
「藤堂、って、ああ、英報堂の? こないだも仕事でチラッと会ったが」
「あ、そっか、例の浩輔さんのヤツ? え、英報堂の時の藤堂さん、知ってんですか?」
「ああ、河崎と藤堂といや、あの頃、若造のくせに手がけた仕事は必ず当たる、掃いて捨てる程オンナは群がる、傍で見てるこっちは面白くねぇよ、揃ってええとこのボンでしかもこ憎たらしいことにイケメンでよ」
 眉をひそめて言う下柳を見て、良太は笑う。
「でも、藤堂さん、いい人ですよ、面白いし」
「何、良太ちゃん、そんな、親密なおつきあい?」
 下柳は怪訝そうな顔を向ける。


back next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ

ようこそ、お立ち寄り有難うございます。お気楽ハピエンBL小説です。