何をやってるんだか、俺は。
メールを打っている途中で手を離すと、いらつきながら椅子にひっかけてある上着のポケットから煙草を出してくわえ、工藤は眉をひそめて火をつけた。
たかだかメール一つ打つのにさっきからスペルは間違うわ、文章はまとまらないわ、時間ばかりかかって腹立たしい。
たまの休日に部屋でゴロゴロしていることができないなんざ、貧乏性の極みだ。
いや、というより、だからってわざわざ会社まできてメールを打つ必要なんかない気がするのだが。
シャツ一枚でも暑くなってきた。エアコンを入れるより初夏の風を通したくなって工藤は窓に近づく。
ふと、通りに目をやると、コンビニの袋を提げた良太がとろとろ歩いている。その良太が停まっている四駆に近づくと、車の中から女の子が降り立った。
「あれは…」
裏庭で花見をやった時にも来ていた、良太の高校の同級生でかおりといった。
ざわっとひと吹きの風が通りの木立を揺らす。
『あらぁ、良太ちゃんの元カノ、だって、高広、どうすんの?』
横で面白がってけらけら笑っていたひとみの顔がよみがえる。
るせぇんだよ、ひとみのやつ。
いつだったか酔っ払った良太と一緒に出くわした時も、「私たち焼けボックイに火がつくところですっ」とか工藤に明るく宣言してくれた。
あの時は動揺を見せるわけにもいかずとっとと退散したが、実際良太とはあれからどういうつき合いをしているのか気にならないではない。
良太にそんなことを問いただすようなマネもできないが。
ちょっと考えただけでも、四十を越えたオヤジより若いきれいで可愛い女の子の方がいいに決まっているのだ。
覗き見をしているみたいで大人気ないと思いつつも二人のやりとりを見ていると、どうやらかおりが良太の腕を掴んで車に乗ろうとしているようだ。
「何やってるんだ、あのヤロー」
良太はきっぱり断るでもなく、ぐずぐずと腕をとられたままへらへらしている。
工藤の手が勝手に携帯に伸びた。
急にポケットでベートーベンが鳴り響いたため、びっくりした良太は慌てて携帯を取り出した。
「え、これからですかぁ?」
『急ぎの仕事が入ったんだ。暇があるんならとっととやれ』
「はあ……わかりました」
良太の返事を最後まで待たずに、電話は切れた。
「ちぇ、オーボーオヤジ! こっちの予定も聞きやしない」
切れた携帯に向って良太は文句を言う。
「えー、今から仕事? だって今日休みなんでしょ?」
かおりも口を尖らせる。
「しゃあない、こんなことしょっちゅうだし」
「会社の上なんかに住んでるからじゃないの? もういい加減お給料だってもらってるんでしょ? 引っ越したらいいのに。そんな横暴な社長の言うことなんか聞かなくてもいいわよ」
この間は素敵な社長だ、カッコいいだ、騒いでいたのに、かおりはずけずけとそう言い切った。
「簡単に言うなよ。そういうわけだから、二人で行ってこいよ、ディズニーランド。俺はまたそのうち乗せてもらうから」
急に肇がやってきたのは、こちらも買ったばかりの新車を見せびらかしたかったかららしい。
しかもかおりのリクエストでディズニーランドに行こうというのだが。
「ええー、肇くんと二人で? カップルに間違われちゃうじゃない」
相変わらずかおりのはっきりしたもの言いが肇の胸にぐさぐさ突き刺さっているのを良太は感じて気の毒に思う。
「え、あの、かおりちゃん……でも、肇も新車でどっか行きたいみたいだし、せっかくだから……」
「まあ、いいよ、また今度にしよう。俺も誰か会社の子でも誘って、四人で行くか」
運転席から肇が口を挟む。
「いや、行く! こんなにいいお天気なのにディズニーランド日よりじゃない、行かなかったらもったいないわよ」
言うが早いか、かおりはさっさと助手席に乗り込んだ。