清風 39

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 引き込まれるように魅了されたあの夜、桜の花に狂わされたのか。
 だが、手に入れたはずの千雪はまるで掴んだも手のひらで解け消える雪のように、実態のない幻影でしかなかった。
 あの頃は、心を置き忘れていた工藤にもまた、与える愛など、どこにも持ち合わせがなかったのだ。
「人の心は掴みようがないからな。良太。お前が俺を好きになるのも嫌いになるのも、俺にはどうすることもできないさ」
「俺はっ…!」
「ただ、お前にそんな哀しい目をさせるのはごめんだからな」
 ポロリと、良太の目じりから涙がこぼれる。
 工藤はそれを見て柔らかいキスを落とす。
「愛というなら」
 工藤は苦笑いする。
「あいつに対して、あいつを追いかけていた昔ではなく、今の方があるだろうな」
 そんな言葉にさえ、良太の心は敏感に反応する。
「だが、言っとくが、こんな風にかっさらってきて、抱いて傍に置いておきたいってなやつとは全く別もんなんだぞ」
 工藤は良太を引き寄せる。傲慢な激情でもって良太を服従させながらも、次第にその心に安堵をもたらしていく。
 工藤の腕の中で、さっきから気になっていたのが何か、良太はやっと気づく。
 良太の視線の先にあるテーブルの上で、着信を知らせる携帯のランプが点滅し、かすかに音を立てている。
「ちょ、あれ、工藤さんの携帯!」
「んなもん、ほっとけ」
 煩そうに工藤は言う。
「だって、緊急かも。何回も、かけてきてるみたい…」


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