誰にもやらない2

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    act 1
 

 年が明けてからの浮かれ気分もどこかへ去り、やがて二月に入ろうという東京は、冬将軍の虫の居所がよほど悪いのか最高気温が五度前後の毎日が続き、加えてあからさまな景気の低迷が人々の懐の寒さにも拍車をかけている。
 しかしここ、広告代理店ジャスト・エージェンシーでは、肌寒い巷の空気も何のその、楽しい週末のスキーツアー計画が進行中だった。
「わぁ、コースケちゃん、このコ、きれーな色! 海の底の熱帯魚色って感じィ」
 デザインボードの猫を、浩輔の肩越しに覗き込んでいるのは営業部の池山直子だ。
「そっかぁ、熱帯魚色かぁ…」
 浩輔はしみじみ猫を見つめた。
 浩輔の現在の仕事はペットフード会社のパンフレットのデザインである。
「ナオ、こんな色のウェア、ほしいなぁ。ね、コースケちゃん、ボード持ってる?」
「ボードは持ってないよ。何年か前のスキーセットくらいしか」
「ボードも面白いよ? 揃えるんならナオが一緒に行ったげる」
「ボードかぁ」
 年齢より若く見える上に造作も可愛い浩輔は、社内の女の子たちのオモチャ的地位にある。
「いつもいつもお気楽でいいよな」
 後ろのデスクでは古株のスカシ野郎、稲葉がブツブツ言っている。
「おーい、できたかぁ? コースケちゃん」
 間延びした声と共にそこへやってきたのは、アートディレクター兼プランナーの佐々木だ。
「すみませ~ん、イマイチどうかなぁって」
「ウン? これ、ええんやない?」
 首を傾げる浩輔を横目に、佐々木は勝手にいくつかのデザインボードを取り上げ、熱帯魚色の猫をピンッと指で弾いた。
「佐々木さーん、んな、いい加減なぁ……」
「ウン、ナオも、これスキ!」
「せやなー? よし! 今日も可愛いで、浩輔」
 浩輔ののたりとした抗議には耳も貸さず、ぐりぐりと浩輔の頭を掻きまわした佐々木はボードを持って飄々と出て行った。
「部下も部下なら、上司も上司だよな」
 また稲葉がボソリ。
「でぇも、佐々木ちゃんってさ、クチよりもまず、ワザ、なんだよねぇ」
 稲葉のジロリ、を背に受けながら、直子はとっととデザインルームから退散した。
 この弱小広告代理店にはもったいない程の実力の持ち主と言われている芸大の院出身の佐々木周平を筆頭に、デザイン・セクションは他の三人ともに芸大や有名私立美大出身者で構成されているが、浩輔の場合、大学は経済学部だし、前の会社を辞めた後にフィレンツェで美術学校に通い、たまたま彼の絵が賞をもらった程度の経歴だ。
 浩輔は時々、ひょっとして佐々木さんの気紛れで入社できたとか? と思うことがある。
 帰国して仕事を探していた時、絵を描く方が楽しいな、なんて思っていたところに目についたデザイナー募集の広告。
 面接したのは佐々木だった。
 ダメモトで飛び込んだ浩輔の作品をちょっと見ただけで、デザイン・セクションに浩輔を連れて行き、いきなり「君のデスクはそこね」、で、そのまま今日に至っている。
 わ、美人!
 その佐々木、初対面で浩輔が思わずそう呟いたのも無理はない。
 さり気に結んであるが、ゆるやかにカールした柔らかな髪は肩を越え、何せ年齢不詳、優しくて甘いマスクの佐々木は、ざっくりしたセーターなんかを着て座っていれば、ついつい男がフラフラと言い寄りたくもなるというもの。
 それも椅子から立ち上がれば、ゆうに百八十を越える長身のいい男に変貌する。
 夏にTシャツなんかでいればわかるのだが、しっかり筋肉がついて脚も長いとくれば、バツイチながら社内のみならず女の子の人気度は高い。
 噂では京都の公家の血を引くとかで、時折口にするはんなり言葉のぬうぼうとした上司には浩輔もすっかり懐いて、一緒に仕事をするのが楽しい。
 特別ドラマチックなこともないが、しごく平穏に過ぎていく日常だ。
 


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