好きなのに 89

back  next  top  Novels


 沢村のことを考えたくないと、逃げをうってスキーにやってきたはずなのに、どこからか沢村の名前が聞こえてくる。
 それは沢村がそういう存在だということだ。
「佐々木さん」
 部屋に戻り、着替えてリビングに降りて行くと、京助が呼んだ。
「お茶点ててくれるって? 道具、出したんだけど、見てくれる?」
「え、あ、ああ、わかった」
 ほんとに用意するんだ、と思いながら京助についていくと、ローテーブルの上に、釜と電気コンロ、水差し、茶碗がいくつかと、柄杓、茶入れ、茶筅、茶杓、袱紗、と一通りの道具が揃っていた。
「炭とかはちょっと面倒だから、電気コンロでいいよな?」
「いや、もうポットでもええんやけど、本格的やなぁ。これ、加藤栄達の茶碗やないか。ええんか? こんなお道具使うても」
 茶碗だけではない、茶入れも水差しも名のある代物だ。
「ただ仕舞っておいても意味ないし、佐々木先生が使うにはちょうどいいだろ」
 いや、俺ごときは、と、母親が見たらそれこそ垂涎の道具だろうとそれらをしばし手にとって眺めてみる。
「お茶も買ってきたから、茶漉しとか使う?」
「ああ、おおきに」
「飲みたいやつはここにきてもらうから、点ててもらえれば。ああ、でも、食事のあとゆっくりでいいんで。悪いな、変なこと急に頼んで」
「いや、お茶点てるくらいならいくらでも」
 今日は食事の仕度は手伝わなくていいから、ゆっくりしていてくれと言って、京助は厨房に戻っていった。


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ