笑顔をください 79

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 ちょっと茶化して言ってみた志央だが、青い目の七海の視線はひどく冷たくて、志央の心をまた凍えさせる。
 当然か、それだけのことをしたんだから。
 岡野の番になると、急病で弾き手が変更になった旨を志央が伝えた後、みんなが見守る中、ステージに上がった七海は一礼してピアノの前に座る。
 演奏が始まると、一瞬にしてホールは静まり返った。
 大きな体の大きな指が軽やかに鍵盤の上を走る。
 ショパンのポロネーズが七海そのままの力強いタッチで会場に流れていく。
 やがて弾き終えると、ギャラリーの絶大な拍手と掛け声まで混じる中、七海は今度は即興曲を弾き始めた。
 華麗なファンタジーが流れ始めると、「やるじゃん、あのヤロー」と志央の隣で幸也がボソリともらす。
 さらに七海はプログラムどおり、最終演目のエチュード3番を弾く。
 七海の指が奏でる甘美なメロディは、志央の一番奥にあるものを刺激する。
 俺にはナイフみたいだ。
 志央は胸に強烈な痛みを覚えた。
 外科的な治療は不可能な痛みだ。
 拍手が巻き起こる。
 アンコールの声までかかるが、七海はぺこりと頭を下げ、とっととステージの袖に引っ込んでしまう。
 と、そこに立つ志央と視線が絡まった。
「助かったよ、猫ふんじゃったじゃなくて」


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